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人さらいが来る

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『人さらいが来る』

 小学校低学年の頃の話である。ふいに真夜中に目をさましてしまった。
 静まりかえった家で、もう誰も起きていない。ただ、ぜんまい仕掛けの柱時計が、まるで生きているかのように、チク、チクと小刻みに時を刻む。その音が耳に響いて眠れない。
 眠ろうとする。だが、眠ろうとすれば、するほど、耳がさえてくる。
 突然、ボーン、ボーンと柱時計が時を告げる。音を数える。十一時になったようだ。眠らなきゃ!
 突然、戸がガタガタと揺れた。誰かがいるのかと思ってびっくりした。しかし、勘違いで、風が出てきたのである。

 昼間、怖い話をしたのを思い出した。人さらいの話だ。
 「忘れなきゃ!」と思うほど、かえって鮮やかに蘇ってくる。
 ――夜、皆が寝た頃、そっと家に忍び込み、寝ている子供をさらっていく――そんな話だ。
 耳を澄ませると、裏庭の竹の擦れ合う音が聞こえてくる。誰かがいる! 誰だろう? そんなのは気のせいだ。早く眠らなきゃ! そう思うほど、かえって頭が冴えてきた。
 
気のせいじゃない。やっぱり誰かがいるような気がする。そう思ったせいか、戸の方に自然と目がいってしまった。月が出ているようだ。窓に月明かりが射している。
 ふいに翳る。誰かいて、月明かりを遮ったのだ! そんな錯覚を感じて、蒲団の中に思わず首を突っ込んだ。
 自分の鼓動が不気味に聞こえる。嫌な感じだ。こんなことは初めての経験だ。
 もう、みんな寝ている。起きているのは自分だけ。独りぼっちになった気分だ。人さらいが来ても、誰も気づかない。どうしょう!

 柱時計がまた時を告げた。もう十二時になったのだ。本当に眠らなくちゃ! 今、寝なかったら、朝は眠くて学校に行けない。が、一向に眠気が起こらない。それどころか、ますます冴えてくる。
 足音のような音が聞こえてきた。大人だったら、強く風のせいで、木立の枝がぶつかりあった音だと理解することができただろうが、子供だった僕は、それが人の足音であることを疑わなかった。悪党がとうとうやって来た! 昼間の話は本当だった!
 深夜、闇に紛れて悪い奴がきた! さらわれてしまう! 大変だ! 
 そう思った時、寝床を這い出て、母の元に行った。
 母は眠っていたのだろうが、優しく迎えてくれた。そして何も聞かず、ただ、「もう、遅いから早く寝ようね」と言った。母の声を聞いて安心したのだろう、すぐに寝てしまった。









作品名:人さらいが来る 作家名:楡井英夫