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兄と弟

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気がついた時には僕の部屋の布団の上だった。
ここは天国かはたまた地獄か?と枕に頭を預けたままぼんやりと天井を見つめていると無愛想な声が掛かる。
「何やってるんだ、お前」
いつもの兄の声にここは自分の家だと認識すると共に、何故兄がここに居るのかを必死に考えているとさらに兄から声が掛かる。
「おい!大丈夫か?やっぱり頭打ったか?」
いつも冷静で無愛想な兄が、心配そうな顔と声で僕を覗き込んできたのが妙に可笑しさを覚え顔をふっと背けてしまった。
その仕草がさらに不安を煽ってしまったらしく、兄が狼狽え始めた。
狼狽える様子がまた可笑しくて、僕は掛け布団を口元まで引っ張り上げて笑い出してしまった。
最初は呆けた顔をしていた兄だが、僕が今のところは何とも無いことに気付くと無言でガツンと一発殴られた。
「お前はっ!どれだけ心配したと思ってるんだ!」
この一発がまた強烈で、殴られた瞬間、星の瞬きが見えたんじゃないかと記憶している。
兄の怒りが爆発してしまい、僕は布団の上に正座をさせられ懇々と説教を受ける羽目になった。
曰く、兄はその日は近所の農家の手伝いをする為に早めに学校を退けてきたそうだ。
学校を退けてくる途中で用水路の状態が気になった兄は川沿いを上流へ向けて歩いていて、そこで僕が溺れているのを友人に教えられた、と。
続けて、お前はどうも流されやすい性格だから気をつけろ、もうちょっと自己主張出来るようにした方が良いなどなど…。
普段、無口でいる反動なのかここぞとばかりにあれやこれやと説教は続く。
先程の殴られた衝撃もあってか、僕も多少興奮していたのだろう。
「そんなこと言われなくても僕自身が一番知っている!兄さんに言われたくない!」
とっさに叫んでしまい、そこから兄も売り言葉に買い言葉になり。
「分かってるなら何故?自己研鑽を怠って馬鹿なことをしてる場合か!」
と、声を荒らげる。
もう少しで掴み合いの喧嘩になるところだったが、それはすんでの所で回避することが出来た。
丁度出掛けていた母が帰ってきたのだ。
近所の手伝いに駆り出されてる筈の兄の怒鳴り声を聞いて、不審に思い僕の部屋まで来たらしい。
「もう、なにやってんの?」
暢気な母の声に毒気を抜かれた僕達は、事情を話した。
事情を聞き終わった母から喧嘩両成敗と言わんばかりに兄と僕は一発づつお尻を叩かれた。
後々、母から聞いた話によると兄の一つ上にもう一人兄が居て、川遊び中に亡くなったそうだ。
その現場に兄は居て「あんな事はもう嫌だ」とこぼしていたらしい。
僕が溺れたことで嫌な思い出を蘇らせてしまったのもあるのだろう。
あんな感情的になった兄を見るのは僕は後にも先にもあの時だけだ。
兄の思い出したくない思い出を思い出させてしまったのは申し訳ないと思いつつ、僕はあの喧嘩を思い出すと上機嫌になってしまう。
今まで近寄り難い雰囲気で、何を考えているか分からない兄の感情思考が垣間見えた事。
母の「よっぽど心配だったのねえ、手伝いの時間忘れちゃうなんて」の言葉。
結果、ほんの少しだけだが兄と近付けたように思えて嬉しくてならなかった。
いつか、いつになるか分からないが、あの時の喧嘩の話を兄としてみたいと思う。
照れ屋な兄はそんな話をしたがらないかもしれないが、美味い酒でも飲みながらなら口も滑らかになるだろう。
まずはその為の美味い酒でも探そうか?有名な酒蔵の名前を頭に浮かべつつ僕は夏のあの日を懐かしく想うのだ。
作品名:兄と弟 作家名:tesla_quet