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ヒトとロボットのはなし【短編5編/BLNLどちらも有】

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 ゆたか/110518




「奥様、俺をクビにしてくれ」
 唐突な申し出に、ザフラは畑を耕していた手を止めて顔を上げた。種を蒔く手が止まっていると思えば、何だというのだ。
「どうして? 冴(さえ)、あんた何か悪いことでもしたのかい?」
 わからない、冴は首を振った。背の高い、均整の取れた青年の姿で、子供のような仕草をする。
「わからないけど、奥様に楽器を習っている人たちが言ってた。なんて醜悪な機械でしょう、ザフラ様も変わり者ね、って」
 冴は日系人の作ったロボットだ。技術力当代一と名高いハルタ博士は、ザフラの依頼を見事に具現化してくれた。畑仕事ができるスペックの男性型。馬鹿丁寧なのは苦手だから口調は砕けたものでいい。外見は任せるが、背は高く。
「醜悪。容姿がみにくいこと。行いや心がけなどが卑劣で嫌らしいこと」
 辞書をまるまる読み上げたような棒読みだ。
「つまり俺は悪い奴なんだろ? ここにいたら、奥様に迷惑がかかる」
 冴の黒く艶やかな髪と瞳、きめ細かな肌を、ザフラは美しいと思う。自分の黒い肌と髪も好きだし、金も青も緑も茶も、それぞれに魅力的だ。そもそもそんなことで人間性は計れない。
 しかし、皆が皆ザフラのようにはいかないようなのだ。
「トニもハンナも、悪い子じゃあないんだけどねえ」
 そもそも庭仕事や畑仕事を自分の手でやるザフラは、町の人々から変人扱いされている。機械に任せるのが普通なのだ。ザフラがカリンバの名手でなければ近所付き合いもとっくになくなっているだろう。
「他にも何か言われた?」
「ザフラ様にあんな口をきくなんて、と」
「ああ、それこそ悪いのはあたしじゃないか。そうして欲しいって頼んだんだからね」
 気にしなくていいと言っても、冴はしょぼんと俯いたままだ。
「あんたのしゃべり方は不思議だよね。丁寧な言葉遣いはしなくていいって言ったのに、呼び方だけは『奥様』でさ」
「春田博士も悩んでた。『砕けた口調と言ったって、まさか主人を呼び捨てさせるわけにはいかない! 様を付けるか? 他の敬称? だけど口調に対して不自然だ……!』って」
「あっはっは! そりゃ大変だったんだねえ。真面目そうな人だったものねえ」
 冴は身振りも付けて、そのときの春田を再現してみせた。
(よく覚えてるもんだね)
 そしておそらく、技術者に消させない限りそれは残る。何年経とうが細部まで思い出すことが出来るのだろう。
「……あんたが悲しいことばっかり記憶してるってのも、嫌だねえ」
「奥様?」
「冴。あたしの弾くカリンバは好きかい?」
 冴はやっと表情を明るくした。
「好きだ! 奥様の音楽は、優しくって柔らかくって、ずっと聞いてたくなる!」
 機械も願望を持つのか、どうか。たんにザフラが喜ぶ言葉を並べているだけなのかもしれない。けれどもザフラは物事を深く考えない。冴が望んでいるのだと思うほうが楽しいのだから、そう信じることにする。
「じゃあ明日、練習を聞きにおいで」
「え……練習を?」
 冴は困惑しているようだった。トニとハンナが来るからだろう。
「そうさ。それでね、そのときにね――」


 ご機嫌ようザフラ様、トニとハンナは優雅に頭を下げた。上等の生地から伸びる張りのある肌は、生まれついての黒だ。彼女たちが上流階級に属することを表している。
「トニ、ハンナ、いらっしゃい」
 二人とも細かな刺繍が施された手さげにカリンバを入れていた。丸い木に鉄製の棒――鍵盤――がついたその楽器は、円やかな音色で聞く者を楽しませてくれる。
「今日はねえ、あんたたちに紹介したい子がいるんだ」
「紹介、ですか?」
 練習部屋になっている居間に二人を座らせる。おいで、と声を掛けると、ドアが開いた。
 トニとハンナは息を呑んだ。露骨に眉をしかめる。
「失礼致します」
 ゆっくりとお辞儀をする。冴だった。
「冴だよ。うちで色んな仕事を手伝ってくれてる」
 今日の冴は、珍しく日本の正装だという着物を着ている。紋付きの長着に羽織、袴まで、一式を取り寄せた。無彩色は冴の精悍な顔立ち、しなやかな体をいっそう引き立てていた。一見すると冷たそうな漆黒の瞳が、ふわりと微笑む。
「冴と申します。どうぞお見知り置き下さい」
 機械は人間の手で作られる。すなわち人間にとって不快なものにはなり難く、多くは――美しい。線対称の輪郭、無駄のない体、そして無邪気な笑顔。教えてやれば丁寧な言葉も、仕草もお手の物だ。
 先ほどまで嫌な者を見たと顔に書いてあったはずの娘たちは、打って変わって頬を赤らめた。女の子だね可愛いねえ、ザフラはなんだか微笑ましくなる。同じくらいの年齢で、上品な振る舞いが出来る男を見たことがないのだろう。恥じ入るように、けれども満更でもなさそうに、二人の少女は冴から目を逸らす。
「本日はトニ様、ハンナ様の演奏を聴かせて頂きたく参りました。お邪魔かとは思いますが、お願いできますでしょうか?」
「……至らないものではありますけれど」
 二人はいつもより淑やかに楽器の支度を始めた。ザフラは小さく拳を握った。賭けに勝ったのだった。


「奥様! 凄いや奥様!」
 トニとハンナは珍しくお茶まで飲んで帰って行った。冴は踊り出さんばかりの勢いで、ザフラの手を握った。
「二人とも、嫌な顔しなくなったよ。魔法みたいだ」
「魔法なんかじゃないさ。あんたの作りがいいからだよ」
 トニとハンナが来るとき、冴は大抵畑にいる。遠目にしか冴の姿を見たことがなかったのだ。近くで見れば冴の端正な容貌に嫌でも気が付く。他愛ない話にも良い声で丁寧な返事を返し、何を置いても尽くしてくれる見目良い男性というのは、なかなか身近にはいないものだ。とことん優しくされれば、悪い気はすまい。簡単な話だった。
 人に作られた彼らは、人に愛されるように出来ている。
「着物も格好良かったよ。あたしたちの民族衣装は似合わなかったけど、流石に和服は板に付いてた」
「奥様が見立ててくれたからさ」
 奥様は凄い、冴はもう一度感極まったように言う。繋いだ手に力が籠もる。
「春田博士の言ってた通りだ」
「おや。あの人が何か言ってたかい?」
 冴は祈るように、ザフラの手に額を寄せた。
「奇特な方だ、と」
 ――お前の主となる方は、奇特な方だ。生まれで蔑むことをせず、他人のためになることに躊躇がない。
 ――至誠をもってお仕えするんだよ。
「今回だって、こんな面倒なことしなくても、他の奴を買うことだってできるのに」
 人間ならば今にも泣き出しそうな、掠れた声だった。
「俺、奥様のところに来られて良かった」
 機械も誠意を持つのか、どうか。ザフラは物事を深く考えない。冴が言うのだからきっとそうなのだ。
「あたしも冴に会えて良かったよ」
 冴の前髪から濡れた土の香りがした。
(今日もこの子と畑に出よう)
 美しい緑を見せてやりたい。悲しい記憶がかき消えるくらい豊かな思い出を、冴のなかに蓄えてやるのだ。



(了)