それでも愛は囁ける
彼女は自分の手に視線を固定したまま小さくため息をついた。そうして独り言のように呟いた。
「つまり――当たり障りのない言葉で言えば、『愛してる』なのよ。きっと」一端言葉を切って、組んだ手を唇に触れさせた。「でも私の言葉では『殺したい』なの……わかる?」
私は深く背もたれに沈み、少々大仰に腕を組んだ。いつものごとくなるべく平静を装った声で言った。
「何度聞いても理解はできないな」
途端彼女は今にも泣き出しそうな程に目を潤ませた。これもいつものことで、私は右手の平を机に叩きつけた。びくっと彼女の肩が震え組んでいた手が解かれる。畳みかけるように言葉を続けた。
「私は君のことを愛しているし、君も私のことを愛している。もし君の愛が『殺したい』という言葉ならそれでもいい。それも含めて私は君のことを愛している」一端言葉を切って、彼女の両手を自分のそれで包む。彼女の瞳が微かに揺れ、それから私の瞳を捉えた。ここで視線を逸らしてはいけない。「しかし、それと理解することとは別の話だ……それはわかるかな?」
目尻に涙を溜めながらも、ただひたすらに直線の瞳。瞳だけはそのままに彼女は唇を噛んだ。切れてしまうのではないかというほどに、強く。そしてこぼれるように声。「わからないのよ……どうしてあなたは私の言葉がわからないの? 私はあなたの言葉がわからないの?」
私は両手の力を少し強めて、もう何度も繰り返したそれを口にする。
「それは私たちが他人だから、違う人間だからだよ。たとえ愛し合っていたとしても理解できないことはあるんだ。……だから、そのままでいいんだよ。理解しなくても受け入れることはできるのだから、それで」
彼女が身を乗り出して、その両手が私の首を掴むのもいつものこと。そんな彼女の唇を、私が強引に塞ぐのもいつものこと。
【理解不能】