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茜色の空

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茜色の空





まただ、とシャムロックは繋がらない電話を片手に溜息を吐いた。
同僚からタリズマンが休暇をもらったらしいという話を伝え聞いたので電話をかけたのだが、全く繋がらない。電源を切っているらしく留守番電話に伝言を残しても折り返しの電話もない。

タリズマンは時々こうして一切連絡を断ってしまうのだ。1度それについて尋ねてみたのだが「折角の休日に基地から電話がかかってくるのは嫌だ」と冗談めかして答えただけだった。

こうした時に困る。
そして悟るのだ。

タリズマンの家族構成も、どこに住んでいるのかも、何も知らない事に。
友人だとて空軍内の同僚しか知らない。
他にどのような付き合いがあるのかも知らない。

・・・別段そこまで知る必要はないのかもしれないが、シャムロックがタリズマンには様々な話をする事と比べると、タリズマンはそういう意味では極端に己の事を話さなかった。
そして突然いなくなる。
何だろうかとシャムロックは唸るばかりだ。

「あら、また繋がらないの?」

メリッサが温かいコーヒーを運びながらシャムロックに語りかけてきた。
戦災孤児となった子供たちの面倒を見ている彼女の家の庭には多くの子供たちが走り回っており、彼女の1人娘マティルダも母親と同じく・・・というよりもガキ大将のように子供たちの面倒を見ている。

ここに来るとシャムロックは失って空いたままの胸の空洞が、少しばかり癒される気がしていた。精一杯生きようとしている彼らを見ていると、己がしたことの意味を実感できた。

だが、その実感を最も与えてくれた男がこうして連絡が取れない。
携帯電話の画面に映るのは空しい発信履歴だけだ。着信履歴には何もない。

「フフ、まるで恋人に振られたようね」

車椅子姿のパイロットの前に座り、メリッサもコーヒーを飲みながら庭を走る子供たちを眺めていた。シャムロックは渋々と先程の問いに頷く。

「前はそれ程でも無かったんだけど、最近突然こうしていなくなるんだ。何か怒らせるようなことでもしたかな」

冗談めかして言うのだが、多分不安に思っているのだろうとメリッサは思った。



―――――タリズマン。



エメリア空軍のパイロット。彼女の夫と同じパイロット。エメリアをエストバキアから取り戻したガルーダ隊隊長。テレビやラジオでどれだけ彼の事が語られただろうか。そして目の前の車椅子姿のパイロットがどれだけ自慢げに語っただろうか、まるで己の事のように。

メリッサも“タリズマン”というパイロットを話に聞くだけで詳しい事は何も知らない。実際に会った事は1度もない。テレビ画面の向こう側で少しばかり見ただけ。けれど車椅子姿のパイロットの―――――相当大切な人間なのだろうとは気付いている。

「よく行く場所とかないの? 例えばカフェとか、友達の家とか」
「生憎、僕は彼から何も聞かされていないんだ。ただ、趣味が愛機に乗って空を飛ぶ事だということと、魚釣りだと聞いたぐらいで」
「あらまあ。本当に?」

メリッサの質問の意図はこうだ。タリズマンを大切だと思っているようなのに、何故彼についてそれぐらいしか知らないのか?

「僕も今思い知ったところだよ。これじゃあ振られてしまうな」

シャムロックも困ったように笑うばかりだ。
今までどれだけ己のことだけで必死だったのかと今さながらに思い知るばかりで、どれだけ彼を顧みなかったのかと考える。
だが今まで支え続けてくれた彼のその手を、急に離されても困るのだ。どれ程あの手を頼りにしていたのか、彼は知らないのだろうか?

一体彼は何を考えているのだろう?
タリズマンはどこにいるのだろう?

考える事はそのことばかりだった。

「今度言ってみればいいわ。【あなたの事が気になって仕方がないんだ、僕を1人にしないでください】って」

それは明らかにからかって言っているのだろうと見てとれる返答だったのだが、シャムロックはコーヒーに口を付けながら思った。
本当にそう言ってやろう、と。



※※※



茜色に染まるグレースメリアの空の下、車椅子のシャムロックは空を見上げていた。

かつて妻と娘と共に見上げたこの美しい空の下に彼女達はもうどこにもいない。そう思うと今でも胸が苦しくて仕方がないのだが、別の感情も沸き起こるのだ。

この空を、彼と共に飛んだ、爽快感を。

全てから解放されて、けれど、危なっかしいガルーダ1番機を守るのは己だけなのだと、ずっと彼と共にいた時の感情を。

そうして携帯電話を見る。着信履歴は無い。
ふう、と息を吐いた時だった。車道の向こう側からやってくる1台のバイクが段々スピードを緩めて近付いてくるではないか。そして目の前で止まる。
何だと思っているとライダーはヘルメットを脱いだ。そこにあるのはよく見知った顔。

「シャムロック? 何をしているんだ、こんな所で」

それはこちらの台詞だと心底シャムロックは思った。ずっと連絡が取れなかった相手がこのような形でやってくるなんて思いもしなかったのだから。

「タリズマン! 今までどこに」

再三電話をかけたんだぞとシャムロックが言うと、相手は・・・タリズマンは悪かったと言わんばかりに肩を竦めた。携帯を持っていないのだと答えながら。
それは軍人としてどうかと思うのだが、タリズマンはバイクのエンジンを切ってそのままシャムロックが佇んでいた場所の隣へとやってきた。

「あの親子に会いに行っていたのか?」

そういえばとタリズマンは周囲を見渡す。この道路を真っすぐに行けば彼女らの家に辿りつく。
シャムロックが時々会いに行っているのをもちろん知っていたのでタリズマンは不思議とも思わなかった。

「ああ、今度きみも会いに行けばいい。中々タフな親子だぞ」
「そのようだな」

シャムロックからよく話は聞いているよとタリズマンは続けて遠くを見やるようにグレースメリアの風景を見やっていた。

この場所からはよくグレースメリアが見渡せる。小高い丘の上。遠くに輝く都市の輝き。太陽の光を反射している。
暫く沈黙が漂ったが、穏やかなひと時だった。
何も語らなくてもこの時間や空間を共有できる、そう思える穏やかなひと時。

シャムロックはこの時間が好きだった。
たまらなく好きなのに、タリズマンはどう感じているのだろうか?

「聞いても良いかい?」
「うん?」
「僕のこと嫌い?」

この時ほど困惑した顔をシャムロックは見た事がない。
眉間に皺を寄せ何を聞いているのかと酷く困った顔を浮かべ、タリズマンは首を横に振った。シャムロックは少し安堵する。嫌われてはいないようだと。

「じゃあ好き?」
「ちょっと待ってくれ」

さっきから聞かれている意味がわからないとタリズマンは続けた。真面目な彼らしい。軽く笑って受け流せば良いのに、真剣に受け止めるから同僚からもからかわれるのだ。

「何の話をしているんだシャムロック」

どうやら言葉の裏側を読み取ったらしく、タリズマンは動揺したままに、だが警戒したようにシャムロックに視線を向ける。

「きみにとって僕の存在はどういうものかと知りたくなった」

いや、そうじゃない。
こんな言葉では伝わらない。
作品名:茜色の空 作家名:やつか