魔本物語
「だからと言って私たちがなにもしないわけにはいきません。あの〈ライラの写本〉を守るのは我々の務めのですから」
「ですが、今はなにもできることがありません。取り敢えず、ここに集まった人々に帰ってもらい、シスターたちには普段の仕事に戻ってもらいましょう」
セシルは人々が集まる輪の中に入って行ってなにやら話すと、同じ制服を着た治安官たちが聖堂の外に不機嫌そうな顔をして出て行き、シスターたちはバラバラに消えていった。
セイがセシルの方に歩いて行こうとすると、セイよりも早くさっきのシスターがセシルに駆け寄った。
「なぜ治安官まで帰したのですか!? 治安官たちは捜査のために来ていたのですよ!」
「なぜと言われましても、彼らはこの場に不必要な人間でしたから、こんなところで調査などしていないで怪盗本人を探すように言って帰ってもらいました」
シスターは絶句したようすで、そのまま何も言わずにセシルに頭を下げて足早に消えてしまった。
セイはすぐにセシルに駆け寄って彼の顔を見上げた。
「本当に治安官たちを帰してよかったんですか?」
「ええ、神聖な聖堂でああも騒がれては迷惑でしたし、怪盗はまたここに来ると思いますから、あのような輩がいては入りづらいでしょう」
「えっ?」
セシルの言葉にセイは心底驚いた。
もしかして、セシルは一人で怪盗を捕まえる気なのだろうか?
セシルはセイが首から提げいるバッグを指差して言った。
「先程の魔導書をわたくしに貸していただけませんか?」
「はい」
魔導書をバッグの中から取り出しセシルに手渡すと、彼は魔導書の表紙に手をかけて力を込めているようすだった。
「やはりわたくしには開けられない」
「どういうことですか?」
「力のある魔導書は普通の人にはページを開くことはできません。ある一定の力を持った魔導師でなければ開くことはできませんし、中には力を持っていても開いてくれない魔導書もあります。持ち主を自ら選ぶ魔導書もこの世界にはあるのですよ。つまり、早い話が盗まれた〈ライラの写本〉はわたくしにしか開けないということです。それを怪盗が知ればまたここに来る可能性は高いでしょう」
「でも開かないから捨てちゃうかもしれないじゃないですか?」
「開かない魔導書はそれだけ価値のある魔導書です。捨てるなどはしないでしょう」
優しく微笑んだセシルはセイに魔導書を返して歩き出した。
「こちらへいらっしゃい、部屋に案内して差し上げます」
セイはセシルに質問したいことがまだあったのだが、タイミングを逃してしまったので、また次の機会にでも訊いてみることにした。
作品名:魔本物語 作家名:秋月あきら(秋月瑛)