魔本物語
ナディールはウィンディを見た後、他の者たちも見回した。
「護衛の話は別として、みなさんもわたくしたちと隠し通路を使って逃げましょう。わたくしにはひとりでも多くの国民を守る義務があります」
どこからか重いものが動く音がして、ファティマが声をあげた。
「隠し通路ってこれでしょ?」
壁に開いた闇の中を指差したファティマはそのまま闇の中に飛び込んで行った。そのファティマを追って歩き出したナディールが途中で後ろを振り返って言う。
「あれが隠し通路です。わたくしたちも急ぎましょう」
隠し通路の中は壁そのものが淡く輝いていた。
長く真っ直ぐだった道が途中で二手に分かれていた。
ナディールが右手の道を指差す。
「あちら側に向かえば町の外れに出ることが来ます。あなた方は早くそちらにお逃げなさい」
セイたちにあちらに行けと言うことは、ナディールは逆の方向に行くと言うこと。セイはそのことについて質問した。
「皇女様はあちらに行くんですか、あっちになにが?」
「蒼風石が心配なので、わたくしは蒼風石の安置所に向かいます」
「僕らも行きます」
「俺も行くぜ」
セイとウィンディが同伴を申し出ると、ナディールは首を横に振った。
「あなた方はお逃げなさい。聞いてもらえぬというのなら、皇女としての命令で言います」
命令と言われてはウィンディはそれに従うしかなかった。
皇女と兵士の背中を見送りながら、セイたちは皇女たちとは逆の方向に足を運んだ。
しばらくセイたちは走り、出口の扉が見えてきたところでセイが突然足を止めた。
「あ、あのさ、一人足りないと思うんだけど?」
ウィンディが辺りを見回し、クラウディアが呟いた。
「ファティマがいないわね」
セイは唸りながら頭を抱えてうずくまった。
「あ〜っ、皇女様について行っちゃったんですよ、きっと」
「早く探しに行こうぜ」
すぐにウィンディが道を引き返して走り出し、慌て顔のセイと呆れ顔のクラウディアがそれを追った。
作品名:魔本物語 作家名:秋月あきら(秋月瑛)