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物体もじ。
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幻想水滸伝ダーク系20題

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08 / 愚かさ



 その邸は、アールス地方の華、帝都グレッグミンスターの、名物でもある「黄金の女神像」からちょうど十文字に広がる大通りのほど近くにある。

 瀟洒、と言ってしまうには厳めしく、質実剛健、と言うには優美に過ぎる。

 華やかにその名を轟かす邸の主、「百戦百勝将軍テオ・マクドール」の名声と、裏腹に身を律する謹厳なその性格に相応しいと言える邸を、二人の将……主ほどではなくても、帝国にあっては知らぬ者のほうが少なかろうという、その腹心、アレンとグレンシールは訪れていた。

 共にテオの片腕と呼ばれて久しい二人は、この邸を幾度となく訪れている。言わば「勝手知ったる」であるのだが、それでも、黒髪で真直な性情をそのまま映したような面差しの青年、アレンはその度、緊張せずにはいられない。相棒であるグレンシールは何でもないようにすいすいと歩を進めていくけれど、彼はついつい視線をあちこちに彷徨わせて……そして、ふっと、発見してしまった。



「なあ、おい。グレンシール」



 相棒の肩を叩いたつもりだったのだが、一歩先に進んでいた彼には届かず、アレンの手はグレンシールのマントだけをはたはたと間抜けに揺らす格好となった。



「どうかしたのか? テオ様を、お待たせしているんだ。早くしろ」

「いや、わかってる。あれ、あの子ども」



 言いながら、アレンが見ているのは、邸の中庭に植わっている、一本の樹。さして大きくも太くもないが、よく繁った葉がいかにも涼しげに、良い影を萌える草の上に落としている。

 そして、その陰の中、まるでそこが終の棲み処のように自然に、丸まっている一人の子どもの姿。



「あれ、確か……」



 樹の根元という場所の割にはよく伸びた草と共に、風に遊ばれているその子どもの髪は、薄茶。今は向こうを向いている顔にふたつ並んだ瞳も、きっと開けば同じ色をしているだろう。



「……テッド、と言ったか?」

「だよな? この間、テオ様が拾ってた子どもだろう?」



 もう先、彼らと彼らの主が征圧した地に、ひとりぽつんと残されていた、子ども。聞けば、戦で親を亡くし、その地に遠縁を訪ねるところだったと言う。

 ただ不憫に思ったのか、戦をしている者として幾許かの責任、を感じたのか……テオが、手元に引き取ることにした子ども。

 同い年の息子の、良い遊び相手になるだろうと、もらしていたけれど。



「穏やかに、暮らしているようだな」



 目元を和ませ、グレンシールが呟いた。

 寝顔は見えないながら、その姿は、暖かい家に安心して眠る子どもそのもので。



「テオ様が引き取られたんだ。当然だろう」

「最初は、まるで仇のように睨まれたものだがな」

「ま、それも仕方ないだろ。今は……」



 のんびりと言葉を交わす二人の背後で、扉が開く音がする。



「あ、お二人とも……こんなところでどうなさったんですか? テオ様がお待ちですよ」



 顔を覗かせたのは、長い金髪を首の後ろでくくった優男……この邸の息の、世話役だ。

 馴染みの顔に、アレンとグレンシールは顔を見合わせて苦笑した。



「すまん。そこに覚えのある子どもが寝ていたものだから」

「え、あ、ああ! テッドくんですね。そう言えば、お二人ともお知り合いでしたか」

「知り合い、というほどでもないがな」



 今度は3人で眠る子どもを眺め、揃って笑顔を浮かべ。大人たちは静かに扉の内へと入る。



「後で起こしましょうか?」

「いや、それも可哀想だろう。寝かせておいてやれよ」

「そうですか? まあ、お二人がそうおっしゃるなら」

「それより、ずいぶんテオ様をお待たせしてしまったな」



 ほんのかすか、固い木の触れる音と共に、厚い扉は閉じられた。

 穏やかに笑いながら邸へと入った大人たちと、涼やかな木陰に転がったままの、子ども。


 さわりと風に揺れた葉の間をすり抜けた光が、柔らかそうな少年の薄茶の髪を、まるで金のように束の間、輝かせる。


 暖かで、安らかな空間に、ぽん、と。



「……ばーっか」



 いとも軽く、声が投げ上げられた。

 勢い良く上体を起こす少年の動きに一拍遅れて、その髪にからまっていた草の葉が、はらはらとこぼれ落ちる。

 薄い茶色の瞳を猫のように眇めて伸びをしながら、つんと少年は顎を反らす。



「仮にも武人が、この距離で寝てるかどうかもわからずにどうすんだっての」

「仕方ないだろ」



 そして、身を起こした少年を追うように、もうひとつ、声。

 彼の膝の横、草と絡まるように広がった黒髪が、くつうくつと少年がもらす笑いに従い、揺れている。白い指がそれを無造作にかき上げ、秀でた額を顕わにした。

 渦巻く闇のような前髪からのぞく、琥珀の色の、稀なる宝玉。



「あの2人にとって、ここは敵地とは真逆の場所なんだ。そう気も張ってはいられないさ」

「つってもなぁ。敵なんてどこにいるのかわかんねーのが当たり前じゃないのか?」



 木肌にもたれて上目に邸を眺める少年に、もう一人は寝転がったまま、器用に肩をすくめてみせる。



「お前みたいに、人間不信の目で周囲全部を見てる奴なんて、そうはいないってことだろ」



 軽やかで、楽しげですらある口調と、裏腹に剣呑な眼差しが何とも、不釣合い。けれどそれを当然と見下ろして、少年はわざとらしく鼻を鳴らした。



「お前にだけは言われたくないね。随分とまぁ、かばうじゃねーの?」



 対する琥珀の瞳は、揺らぎもしない。



「別に、かばってるわけじゃない」



 逸らすように、誘うように、閉ざされた厚い扉へと目を向け、もう一人は口唇の端を吊り上げた。

 うたうように、声を放つ。



「ただ、解わかれないだけなんだ」



 そして、まぶたを閉ざした。

 それっきり、あっさりと寝息をたて始めた姿に呆れの息をついて、少年もまた、柔らかい草の上に身を倒す。

 陽は天を移っていたけれど、涼やかな陰はそのままで、木に埋もれるようにして、眠る子どもが二人。


 その光景は、穏やかで、暖かで、安らかで。


 哀れで、愚かしい大人たちに決して知られぬまま、優美かつ厳めしい邸を彩る飾りのように、一幅の、そう、絵画のように。


 誰にも知られぬままの、それは、「完成」された、子どもたちの姿。