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物体もじ。
物体もじ。
novelistID. 17678
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リヒャミュで忠犬5題

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1 全てお気に召すまま



「ミューラーさ〜ん、ミューラーさ〜ん♪」



 調子はずれな声が、不機嫌な長身を追ってくる。

 追いかけられている当人は、ただでさえ人を殺しそうな厳めしい顔をさらに歪ませて、憎々しげに舌打ちした。



「寄るな。死ね」



 言葉と共に、足取り軽く近づいてきていた姿が、ぴたりと止まる。楽しげに弾んでいた足が慎重に一歩だけ距離を開け、それからぐるりと半周するようにして前へと回って きた。

 目算なのだろうが、言葉の主との距離は、その間測ったかのように一定。



「ミューラーさんっ」



 にこにこと、常に緊張感のない笑みを湛えた顔が、彼の視線を捉えていっそう、ふにゃりと崩れる。



「黙れ」



 放っておけば、いつまででも彼の名前を調子の外れた声で呼び続ける相手に、不機嫌極まりない声で命令する。そのひと言でまさに開こうとしていた口を封じられた少年は 、それでも変わらない、溶けるような笑顔で、彼を見つめた。

 彼以外の何も映そうとしない、土色の幼い瞳。



(見るな)



 とそう言ってしまえば、恐らく黙って彼の視界から消えるのだろうが、なぜかそれだけが言えない。

 もう何年も前、この瞳が彼だけを映すようになってから、ずっと。
 ―――言ってしまえば、きっと、その目は不要だと笑いながら抉るだろう。

 もう一度舌打ちして、自分が相手の視界から出てしまうように、彼は歩き出した。一定の距離をおいて、声と似た調子外れの足音が、追ってくる。


 来るな、と言えば、それすらも追い払ってしまえるはずだ。ただぽつんと立ち尽くす相手を、彼は置き去りにするだけでいい。

 けれど。
 ―――そうすれば、もはや動く理由はないのだと、脚を折り、朽ち果てるまで愚直なまでに忠実に、そこに居続けるのだろう 。


「……ちっ」



 結局、彼は何も言わなかった。

 調子外れな足音と視線を従えて、ただ黙々と、目的地もなく足を運ぶ。


 彼の言葉に、相手は必ず従うけれど。



「ふざけやがって」



 最後には、必ず相手の望む通りになっているのだ。