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Alf Laylar wa Laylah

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第四幕 隻眼の魔王




 王都には名物が多い。かつての偉大な歴代王に縁の建造物から、なんと言っても交易の中心地として各地から集まってくる珍奇な物品に多種多様な人々が所狭しと押し寄せてくる、そのバザールこそが一番の目玉だろう。
 だが、その活気も昨今ではいささか薄れ気味である。それも無理はなかった。ジンとしか思えないものたちが頻繁に現れ、時には人を襲うのだから。かつては不夜城と交易路の東西南北にその名を知られた王都が、今では夜ともなれば人気が薄れるのが常だった。
 もっとも、多くの人種が集まるということは、それだけ特殊な技能をもつ者も多く集まるということでもある。
 呪い師や祓い師などはむしろ好機と俄然ジンに立ち向かったし、魔導師達は冒険王のように高次のジンと契約を結ぼうと躍起になった。だがそれでも、ジンの数は異様に多かったし、普通の人間にはやはり恐ろしいものだった。
 王都の中心たる王宮には多くの術師が集められ、王族を守る体制は万全に整えられている。だがそれでも不安は消えない。王宮には未だにジンらしきものは現れていないが、だからといってそれが体制の万全さを証するわけではないだろう。
 高官たちは狂ったように触れを発し、全国から術師を集めている。それは未だやめられる気配はない。
 王は、事の起こりの最初から、止めるでもなく、怖がるでもない。実際彼は恐怖などは感じていないに違いない。存命の王に対して諡号が贈られることはないが、彼の場合は在位のうちから誰もが同じ諡号を想像する王だった。その号とは征服王。彼は実に、十を超える都市を併合し、王国の版図を拡げた剛毅の王なのだ。今ももしかしたら、事態を面白く見ているのかもしれない。なお、征服王と呼ばれるであろう王には恐怖と共に周辺国から捧げられる名がある。
 ――曰く、隻眼の魔王、と。

 歴代の王にはそれぞれ後宮が存在した。冒険王と呼ばれた王だけは後宮を持っていなかったとされるが、何しろ伝説になるほど昔のことなので真偽の程は定かではない。
 今上においてもそれは同じことで、百を超える女性が後宮にはいた。しかしそれに反比例して子供の数は非常に少ない。成人した子供はもっと少ない、というより今この場にいる王子しかいない。政争は熾烈なものとなるのが必至の状況だったが、何よりも王の教権の前にあっては政争さえ起こりようもなかった。それだけ強大な王なのだ。
「久しぶりダ、父上」
 その強大な権力を継ぐ可能性のある息子の一人が、長の外遊から帰ったのは、都を揺るがすジンの騒ぎがひときわ大きくなっていた頃のことだった。一見すると柔和そうな外見ながら、ふとした時にのぞかせる鋭い目つきはやはり王の子と言ったところだろうか。
「ああ。そうだな」
 特に感動のない様子で王は目を細めたが、表情だけを見るなら愉快そうにも思えた。尤も、そんな気安いことを言えるような臣はひとりとしてその場にいなかったが。
「俺がいない間に、随分愉快な場所になったみたいダネ」
「愉快というか。なるほど、確かに愉快」
 王子の言は今上の琴線に触れたらしい。彼は、豪快に笑って頷いた。
「ううん、さすが父上は怖いものナシカ」
「そんなことはない。わしにも怖いものはある」
 市井の家であればなんと言うこともない会話だが、宮殿の中でされるとなるとやや様相が異なる。征服王に怖いもの、とは、また。
「はいはい、母上様デショ?」
 しかし王子は動じない。そう返して反応を待つ態度は、大物だともいえた。そして彼が言った「母上」とは己の母ではないのだ。彼の母親は、彼を生むと同時に息を引き取っているのだから。
「ばれたか」
 王はまた笑った。
 彼が恐ろしいと口にしたのは正妃のことだった。彼女には子はないが、王の寵愛篤く、正妃の座にある。嘘か誠か定かでないが、王の一目惚れだともいわれている。
「デ? 父上は楽しんでらっしゃる?」
 今の事態を、と王子が告げれば、王は片頬で笑った。だが、左目を覆う眼帯のおかげで表情は図りかねた。
 ――王が負傷により片目を失ったのは戦場ではない。
 彼がまだ若き日、まだ王ではなかった頃に、ある月のない晩に王宮を襲ったジンがいた。王はそれを追い払い、しかし代償として左目を失ったのだという。
 今高官達が殊更にジンを恐れるのには、そうした背景もあったのだ。つまり、王宮が一度襲われている、という。
 その時後宮にいた女たちは、今の正妃を除いて召使に至るまで全てが死に絶えた。そう、正妃は元々、前王の後宮に妃の世話係として入った女性だったのである。それがどうして今の王の後宮に入り正妃となったのかは謎だが、とにかく王の寵愛があってとしかいいようがない。そして今のこの国に、絶対の王に異を唱えられる者はひとりもいなかった。
「そうだな。まあ、退屈しのぎにはなるか」
「退屈しのぎ。もしかして、ここにももうジンが出てルんダ?」
 口笛でも噴出しそうな王子の様子に、廷臣たちがざわめいた。当然である。だが、王だけは喉奥で笑うだけだ。
「そうだな。一匹、二匹は斬り捨てたが。それからとんとここには顕れん、つまらんものだ」
「斬り捨てた、って…はあ、なるほど」
 王子は呆れたように応じたが、廷臣の中には泡を食って卒倒するものまでいた。既に王宮も安全ではなかったとは!
「じゃあ、俺も父上に負けぬよう、三匹くらいは斬り捨ててこないとネ」
 陽気に笑い返した王子は、確かに王の子に違いないと廷臣たちは遠くなる意識の淵でそう考えた。


 窓枠にぼうっと頬杖をついて、エドは中庭を見ていた。他にすることがないのだ。
 今その身にまとうのはゆったりとした白い長衣で、手首や耳には金と貴石で作られた飾りが揺れている。顔を隠していないのはオダリスクとしては規格外だが、どうせ誰も見るものはいない。
 ――国王を名乗る男が言ったように、食事と着替えがあの後届けられ、そしてこの場所について詳しく説明された。相手は宦官だった。
 ここは後宮。エドは、王がどこぞから拾ってきた小娘という扱いになっていた。憤慨したかったが、その気力もなく、仕方なしに女性の衣服を身につけた。似合ってしまったことは永遠の屈辱である。
 しかし最初こそ何の気力も湧かなかったエドだが、それも一日二日のことだった。今では、ぼんやりしているように見えても頭の中は活発に動いている。つまり、逃げ出すための算段を。
 しかし、エドが前向きで積極的な少年だといって、全く自力でそんな短期間に復活したわけでもなかった。その理由は、彼が右手にはめたままの指環にある。
『しっかし、おっかねえ王様だなあ、あいつぁ』
「あんたでもそう思うのか? 王様、今ジンじゃないか」
 エドは前を向いたまま、指環の主に声を返した。彼は石の中から言葉を発していた。ロイが指環を持っていたのは一晩くらいだと思ったが、それでも魔力はそれなりに溜められたらしい。彼は、しょげていたエドに声をかけて発破をかけてくれたのだ。おかげで、エドは持ち前の明るさを取り戻していた。
作品名:Alf Laylar wa Laylah 作家名:スサ