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でんでろ3
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novelistID. 23343
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キッチン・ファイター

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裏の世界には、様々な勝負がある。いくら勝ち続けても、表の世界で脚光を浴びることはない。それでも、そんな勝負に命を懸ける熱い男たちが居る。彼もまた、その一人。料理勝負に命を懸けるキッチン・ファイターなのだ。


「今度のカツ丼勝負に出す料理はできたのか?」
いかにも、といった感じの口ひげを蓄えた男。表の顔は、この店のオーナーだが、彼こそが、裏料理世界を牛耳る男にして、彼のボスであった。
「出来ております」
蓋つきの丼を差し出した。
「むぅ、これは、一口大に切った鶏肉に敢えて衣を付けずに卵でとじたか……って、これ、親子丼じゃねぇか!」
「は?」
「『は?』じゃねぇだろ! これは、親子丼だっ!」
「この斬新なカツ丼に、似た料理が既にあるのですか?」
「斬新じゃねぇし、そもそも衣が無い時点でカツであることを放棄してんだろうが! ちゃんと、やらねぇとクビにするぞ!」


 オーナーはイスに座りなおした。
「じゃあ、サラダ勝負に出すサラダを出せ!」
「はっ、こちらです。生野菜が嫌いな人でも食べやすい画期的な工夫をこらしております」
「むぅ、なんとっ! これは、温かい。キャベツをメインとした野菜と豚肉、それらを高温で炒めて、辛味噌で味付けしたか……って、これは、回鍋肉(ほいこうろう)だっ!」
「えっ? これにも類似した料理が……?」
「てめぇ、本気で言ってるのか?」
「世界を旅しているときに、出会ったのですか?」
「そこらへんの定食屋でいくらでも食えるわっ! 中国4000年の歴史パクッといて、スットボケてんじゃねぇ! だいたい炒めちまったらサラダじゃねえんだよ!」
「ですから、生野菜を食べやすく……」
「生じゃねぇっ、つってんだろ。生のまま食べやすくしなくちゃ、生野菜を食べやすくしたって言わねぇんだよ!」


 肩で息をしながら、またもや、オーナーは座りなおした。
「分かってんだろうな? 次は無ぇぞ。うどん勝負のうどんを出せ」
「これには、絶対の自信がございます」
差し出された料理は、まだ、ジュウジュウと音を立てている。
「箸では無く、こちらでお召し上がり下さい」
と言って、何やら金属製の物を手渡す。
「むぅ、これは、何ということだ。熱された鉄板の上で、ソースが香ばしい香りを放ち、さざ波のように細く幾重にも引かれたマヨネーズが、まるで1枚の絵画のようだ。さらに、その上で鰹節が命あるもののように踊っている……って、これは、お好み焼きだー!」
オーナーは、手にしたコテを床にたたきつけた。
「えっ? これも、既にあると……?」
「ある、なし、以前に、うどんとお好み焼きって、原料、小麦粉って以外に共通点あるか?」
「え? いや……」
「そもそも、こんな丸くて平べったい麺があるか?」
「それは……、その……、非常に太い麺を薄くスライスしたと、お考え頂ければ……」
「頂けるかーっ! いいか! クビにされたくなかったら、まともなもの持って来いっ!」


「では、お口直しに甘いものなどいかがでしょう?」
彼は、オーナーのために椅子を直しながら、恐る恐る尋ねた。
「まともなこと言えるじゃねぇか」
オーナーは襟を正して椅子に深々と腰かけた。
「牛乳を使ったデザート勝負のために考えたものです」
目にも涼しげなグラスに入った淡いピンクの一品だった。
「……一見まともだな」
「見た目だけではありません。ささっ、お召し上がりください」
オーナーはフルフルと震えるそれを1匙、銀のスプーンですくうと口に含んだ。その瞬間、思わず目を閉じた。
「なんだこの懐かしさは。遠い記憶の片隅から、暖かい何かが語りかけてくるようだ。これは苺だな。他に何を使っている?」
「苺は使っておりません」
「なんだと?」
「しかも、牛乳以外には1つの食材しか使っておりません」
「そんな馬鹿な?」
「では、実際に作って御覧に入れましょう。……まずボールに、1袋の食材を入れ、きっちり200ccに量った冷たい牛乳を入れ、良くかき混ぜます」
「……ちょっと待て」
「この200ccというのがベストの分量で、これを割り出すのに苦労いたしました」
「……ふーん、君、この箱に書いてある字を読んでくれる?」
「『フルーチェ』……と読むんでしょうか? どこの国の言葉でしょうね?」
「バリバリ日本語じゃぁーっ! こんなもん、お子ちゃまでも楽しく安全にできてしまうわっ!」
オーナーは、とうとうちゃぶ台返しならぬ、テーブル返しをしてしまった。


「じゃあ、もう、これで、君はクビってことで……」
「ま、待って下さい。最後に……、最後に、もう1品だけ、お願いします」
すがり付いて頼まれても、オーナーの怒りは収まらない。
「1品といっても、大変難しい、弁当勝負のお弁当です。お弁当は、1品1品がおいしくなければなりませんが、それだけでなく、全体としての調和、バランスも大切です。その点でも、完璧なお弁当です」
「まるで料理人のようなことを言うな」
「料理人ですっ! 最後のチャンスを下さいっ!」
オーナーは、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「では、別れの記念として、その弁当を食べてやろう」
「あっ、ありがとうございますっ!」
彼は、慌ててテーブルを戻すと、大急ぎで弁当を持ってきた。
「こちらでございます」
それは、まさに素晴らしい弁当だった。1品1品の料理が個々の輝きを放ち、それらの光が合わさって虹のような美しさに似た夢のおいしさとなっていた。
オーナーは魅入られたように、その弁当に没入し、食べ終わると、深く息をついた。
「素晴らしいじゃないか。これだけの弁当をどうやって……?」
「はい、老舗料亭から取り寄せた弁当を、うちの店の弁当箱に詰め替えました」
その瞬間、オーナーはフリーズしてしまった。次の言葉が出るまでに、どれだけの時間が経っただろうか。
「……貴様ーっ! 貴様は、ダメな母親か! コンビニ弁当買ってきて、子供の弁当箱に詰め替えんのか? そーいうのってなぁ……、子供は傷つくんだぞ!」
なにやらオーナーのトラウマにグサリと深く突き刺さったようだ。
「貴様は、クビだーっ!」

 こうして、この料理人は、裏社会からも姿を消すことになったのだった。