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迷羊館の数奇な人々  2杯目 夕焼けとグレナデンソーダ

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赤い色が好きだ。
鮮明で、鮮烈で、悲しくて。
どうして?
どうして、私を置いて逝ってしまったんだ?



「マスター、いつもの」

「はいはい、貴月(タカヅキ)さん。」


私は、いつもこの喫茶店に通っている。
 古い洋館を改装した店内は、上品で優雅な気分にさせてくれるしマスターは良い人だ。
彼は、私の特殊すぎる性癖を知っても驚かないし奇異の目で見たり嫌悪しない。
ただ、優しい。
此処に来る、いや来られる奴は何かしらの異常を持っている。
マスターはそんな奴らに優しい。
しかし、その優しさは世間が私に向けるような哀れみや偽善なんかではなく・・・
 言うなれば、同士を見つめるような眼をしている。
一般に言うところの哀れみとは、その対象を見下しているものが向ける視線であって偽善にも、同じことが言える。
 
同士として、つまり同等の価値があると彼は言外に伝えてくれるのだ。好意を抱くのは当然だろう?
 

例え、私が生きている人間を嫌いでも・・・



コト、

静かな音を立てて、目の前にグラスが置かれる。

しゅわしゅわと泡立つ炭酸と真紅のグレナデンシロップの綺麗に合わさった彩が、あの日を思い出させる。

あの日、最愛の恋人が死んだ日。

私は、飛び散る赤い色に彩られた彼の顔を思い出しグラスの中の液体に口付ける。
血の、鉄のような味の代わりに甘酸っぱい石榴の風味と炭酸の刺激が口内を満たす。

「あいかわらず、自虐的だね貴月さん?」

「はは、忘れないためだよ。仕方ないだろう?五月雨君。傷つくこともなしに何かを得ようなんて、それは傲慢でしかない。そうだろう?」

「ああ、全くだ。」

ふふ、と笑う
マスターである彼、五月雨君。
 
「ああ、本当に惜しいよ。何で君は生きているんだい?」

「ん?解りきっていることだろう?鏡君が生きていて、俺を必要としているからだよ。」

と、男前に答える彼。

「君が生きてさえいなければ、恋人にしたかったのに・・・」

「ありがと、気持だけ貰っておくよ。」

さらさらとした黒髪に、限りなく黒に近い茶色の瞳ほど良く日に焼けた健康的な肌。日本人離れした、スタイルの良い長身痩躯。

 もし、神様なんてフザケタ存在があるのならば全力で呪いたい。
どうして、死んでしまった最愛に瓜二つの別人を私に出逢わせたのか!

「なに、人の恋人口説いてんの?ウエスタン野郎。」

「おっと、やだねぇファッションだよ。」

フン、と
鏡君が鼻を鳴らす

突然横から入ってきたかと思えば、マスターをカウンター越しに引き付け自分の者だとアピールする。

髪は金糸のような金髪(実は染めたらしいが、痛んでいる様子はない。)に、五月雨君と同じ限りなく黒に近い茶色の瞳。
身長は17歳にしては高く、25歳で183cmもあるマスターと並んでも5cm程しか差がない。

見た目は整ってるのに毒舌な所がそれらを台無しにしている少年だ。

「恋人の遺品荒らして奪った服でしょ?」

遺品。

そう、それを身に付けることで帝の存在していた証になれるような気がして数着を遺族から貰った。


そのとき、椅子を引く音がした。

自然、私達はそちらを見る。

「鏡、やめときな。個人の性癖に対する否定は、此処では敵対行為とみなす。そうぼくに教えたのは君でしょ?」

「・・・、すまない。無月、怒りでわれを忘れてしまった。」

「相手、間違ってる。」

「―――っ!」

鏡君は唇を噛み、形の整った眉を寄せて私の方へ向き直る。

「すまなかった。でも、次に五月雨さんを口説いたら殺すからっ!」

「・・・了解。」

「ごめんね、貴月さん。」

「いえ、マスターが謝る事じゃありませんから。」

まったく、これだから生きている人間は嫌なんだ。
 愛情、怒り、悲しみ。
くるくると、感情を変えて表情を変えて扱いにくい。
 どうしていいか、惑う。

ねぇ、帝。
私は君にどう接していたんだっけ?

夕焼けの朱と君の真紅と君を確かに愛していたと言うことしか覚えていないんだ。

私は、半ば残っていたグラスの残りを飲み干して席を立つ。

「帰るのかい?」

「あぁ、」

嗚呼、帝訂正しなくてはいけないね愛していた、ではなく今も愛しているんだ。
ぬくもりのない冷たい肌も、何も映さないからっぽな瞳も、全て―――。

「そう、お気を付けて。またのご来店お待ちしてるよ。」

その言葉に、ふと足を止め背を向けたままひらひらと手を振る。

カラン、押し開けた扉の先に広がった空はあの日のような夕焼けだった。