拝み屋 葵 【壱】 ― 全国行脚編 ―
* * *
それから二人は、朝が訪れるまで取り留めのない話題で盛り上がった。
世界の不況の原因は何だとか、最近の若者は、最近の年寄りは、相撲についてなどなど。
「おいが両親ば探しちゃーよ。絶対に故郷ば見つけ出しちゃるけん」
東の空が白み出したころ、河童は唐突にそう宣言した。
葵は目を見開いた驚きの表情を見せたあと、嬉しそうに白い歯を見せた。
「ええよ。気持ちだけもろとくわ。ありがとう」
今度は河童が驚く番だった。
「なんでなん? 両親に会いたかろーもん?」
ぎょろりとした大きな目が、更に大きく見開かれている。
「両親はおらへんけど、家族ならちゃんとおるによってな」
葵の脳裏には、物静かで朗らかな優しい微笑みが浮かんでいた。
「ばってんが、故郷には帰りたかろーもん?」
「故郷なら、ここにあるやんか」
葵は、よいしょ、と立ち上がり東の空に向かって大きく伸びをする。
「ウチは、この国で生まれた。ウチは、この星で生まれた。ウチは、この世界で生まれた。せやから、ここから見えるところ全部がウチの故郷や。海の向こうも、空の向こうかて、ぜ〜んぶウチの故郷なんや」
それを聞いた河童は、ただただ絶句していた。
「上手く言えへんねんけど、ウチの故郷は『いま』という『時』なんや。同じ時、同じ時代に存在するすべてが、同じ生まれ故郷を持っとるねん。同郷のモン同士やったら、助け合わな、な?」
「そん通りや!」
河童はべちべちと水掻きの付いた手を叩いて拍手する。
「一つ、おいと賭けをせんか?」
「別に構へんけど、何を賭けんねんな?」
「次の七夕の夜、おいが故郷に帰れるかどうかばい」
「よっしゃ! オッチャンが外したら、頭の皿もらうでぇ!」
「そっちが外しよったら、おいの気が済むまで相撲の相手ばしてもらうばい!」
* * *
「……っちゅうのんが、先月お使いに行ったときの出来事なんですわ」
三十畳はあろうかという大きな純和風の部屋で、葵は奥にある簾に向かって熱弁を振るっていた。
「ほう。河童と賭けをしたのか。なかなか面白い話だ」
「もうすぐ七夕やないですか、せやから結果を見届けに行きたいんですわ」
「熊本まで行きたいと言うのだな?」
「そうですねん。この目でしっかと確かめたいんですわ。それが陰陽師としての責任やとウチはそう思とりますねん」
「なるほどな、それはそうとして、熊本の名物には何があったかな?」
「お師匠はん! よー聞いてくれはりました!」
葵のテンションが一気に弾ける。
あのお酒が美味しかった、あのお肉は溶けるようだった、山菜の天ぷらが絶品だった、温泉の美肌効果は想像以上だった、などなど。
「湯に浸かりながら、くいっと一杯やるわけか」
「そーですねん! またそれがたまらんのですわ!」
「つまりそれが本当の目的か」
「あ”……」
葵は畳に両手を付いてがっくりと頭を垂れた。
「では、次の仕事を伝える」
「……なんですやろか」
葵の声には悲愴感が漂っている。
「からし蓮根を買って来てくれ」
「お師匠はん!」
からし蓮根とは熊本を代表する郷土料理なのだ。
「ところで、お前はどちらに賭けたのだ?」
葵は、にっと白い歯を見せて笑った。
「ウチが賭けたんは……」
その年の七夕の夜、一つだけ例年にない輝きを見せた星があったのだという。
― 望郷 了 ―
それから二人は、朝が訪れるまで取り留めのない話題で盛り上がった。
世界の不況の原因は何だとか、最近の若者は、最近の年寄りは、相撲についてなどなど。
「おいが両親ば探しちゃーよ。絶対に故郷ば見つけ出しちゃるけん」
東の空が白み出したころ、河童は唐突にそう宣言した。
葵は目を見開いた驚きの表情を見せたあと、嬉しそうに白い歯を見せた。
「ええよ。気持ちだけもろとくわ。ありがとう」
今度は河童が驚く番だった。
「なんでなん? 両親に会いたかろーもん?」
ぎょろりとした大きな目が、更に大きく見開かれている。
「両親はおらへんけど、家族ならちゃんとおるによってな」
葵の脳裏には、物静かで朗らかな優しい微笑みが浮かんでいた。
「ばってんが、故郷には帰りたかろーもん?」
「故郷なら、ここにあるやんか」
葵は、よいしょ、と立ち上がり東の空に向かって大きく伸びをする。
「ウチは、この国で生まれた。ウチは、この星で生まれた。ウチは、この世界で生まれた。せやから、ここから見えるところ全部がウチの故郷や。海の向こうも、空の向こうかて、ぜ〜んぶウチの故郷なんや」
それを聞いた河童は、ただただ絶句していた。
「上手く言えへんねんけど、ウチの故郷は『いま』という『時』なんや。同じ時、同じ時代に存在するすべてが、同じ生まれ故郷を持っとるねん。同郷のモン同士やったら、助け合わな、な?」
「そん通りや!」
河童はべちべちと水掻きの付いた手を叩いて拍手する。
「一つ、おいと賭けをせんか?」
「別に構へんけど、何を賭けんねんな?」
「次の七夕の夜、おいが故郷に帰れるかどうかばい」
「よっしゃ! オッチャンが外したら、頭の皿もらうでぇ!」
「そっちが外しよったら、おいの気が済むまで相撲の相手ばしてもらうばい!」
* * *
「……っちゅうのんが、先月お使いに行ったときの出来事なんですわ」
三十畳はあろうかという大きな純和風の部屋で、葵は奥にある簾に向かって熱弁を振るっていた。
「ほう。河童と賭けをしたのか。なかなか面白い話だ」
「もうすぐ七夕やないですか、せやから結果を見届けに行きたいんですわ」
「熊本まで行きたいと言うのだな?」
「そうですねん。この目でしっかと確かめたいんですわ。それが陰陽師としての責任やとウチはそう思とりますねん」
「なるほどな、それはそうとして、熊本の名物には何があったかな?」
「お師匠はん! よー聞いてくれはりました!」
葵のテンションが一気に弾ける。
あのお酒が美味しかった、あのお肉は溶けるようだった、山菜の天ぷらが絶品だった、温泉の美肌効果は想像以上だった、などなど。
「湯に浸かりながら、くいっと一杯やるわけか」
「そーですねん! またそれがたまらんのですわ!」
「つまりそれが本当の目的か」
「あ”……」
葵は畳に両手を付いてがっくりと頭を垂れた。
「では、次の仕事を伝える」
「……なんですやろか」
葵の声には悲愴感が漂っている。
「からし蓮根を買って来てくれ」
「お師匠はん!」
からし蓮根とは熊本を代表する郷土料理なのだ。
「ところで、お前はどちらに賭けたのだ?」
葵は、にっと白い歯を見せて笑った。
「ウチが賭けたんは……」
その年の七夕の夜、一つだけ例年にない輝きを見せた星があったのだという。
― 望郷 了 ―
作品名:拝み屋 葵 【壱】 ― 全国行脚編 ― 作家名:村崎右近