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吉野ステラ
吉野ステラ
novelistID. 16030
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たとえばいつか哀しい空が 6-8

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6





「珍しいな、花を摘むなんて」
会議を終えて執務室に戻ってきたロイは、机の上を見てそう言った。
誰のものかわからない小さなスコッチグラス(何故軍部にそれがあるのかは謎だが)に小さな野花が活けられている。
一人がけのソファに座って頬杖をつき、分厚い本を読んでいたエドワードは顔をあげた。
「外で、もらったんだよ。小さな男の子に」
「ほう?」
面白そうに笑みを浮かべてロイは席につく。
「相変わらず君は人気者だ」
「それはあんただろ」
「バコパだな」
「え?」
「花の名だよ」
ロイは静かに微笑んで、自席についた。
持っていた書類を机に置いて、さっそく広げはじめる。
「驚いた」
「何がだね?」
「あんたが、花の名前を知ってるなんて」
エドワードは言葉通りに感心して、ロイを見た。
ロイは書類から目を上げて、机の隅で息づく小さな白い花を見つめる。
「…私には義母がね、いたんだよ」
「ふぅん?」
「幼い頃、その義母が私に言ったんだ。この花はおまえのようだ、とね」
「この花が?」
「ああ。だから知っているのさ」
「へえ…」
エドワードも花を見つめた。鮮やかな緑色の葉に、清楚な白い花。小さくても凛としている。

「『小さな強さ』というのだよ」
「え?」
「この花の花言葉さ」
「!」

小さな強さ

心の中で反芻した。
「いい言葉だ…」
「ああ」
胸に染み渡る。



エドワードは、本をソファに置いて立ち上がった。
静かに、座っているロイの傍らに立つ。
「なぁロイ。この花はヒューズ中佐の墓を囲むように咲いてた。そして、シェスカの子どもが俺にくれたんだ」
そっと後ろから腕を回して、自分の懐にロイの頭を抱えこんだ。
「そうか」
「きっと、この花のようにみんな応援してくれてる。だから、ロイ。俺もあんたの力になる」
ずっと二の足を踏んでいた。
あんたの傍にいたい。
だけどあんたが苦しむところは見たくない。
この国を変えたいと思っても、自分は常に外にいようとした。
己の身近なことまでしか考えられない人間だと、分かっていたから。
「エドワード…」
ロイの声が胸元で響く。
ああ、相変わらずこの声に名前を呼ばれると胸がしめつけられる。
いとしくて。
「なぁ、ロイ。俺が女なら良かった…」
声が掠れた。
「エドワード?」
あんたのためならそうとさえ思うんだよ。
「女なら、あんたの子どもを産んでやれたのに」
あんたのかけがえのない血を、あんたの願う未来を生きる存在をこの地に残してやれたのに。
ずっとずっと思っていた。
今になって心底後悔するほどに。
ぽとり、と涙が落ちた。

「エドワード。私はそんなことを考えたことはない」
ロイが身体を動かし、エドワードを見上げた。
冷たい手が伸びて、頬をつたう涙を拭う。
「私は元より自分の子どもを残す気はなかった」
「ロイ?」
「かつて数多の罪もない人々を殺した。そんな父を持つ子どもがどうして幸せになれる?」
「そんな…!」
ロイはエドワードの瞳を見つめて、目を細めた。
「君が傍にいてくれることさえ、私には眩しいほどだった」
暗闇を生きてきたから、ずっと。
君が私の光だった。
「ロイ…」

頬をロイの両手が優しく包む。
黒い双眸が近づいてきて、エドワードは応えるように身を屈めた。
そっと唇が重なる。ロイの唇は、その両手とは裏腹に、熱い。
知らず、再び涙が零れた。

俺はロイと生きていく。

やっと今、決心をした。






これから先
死がふたりを分かつまで