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バールのようなもの
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novelistID. 4983
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ラブコメが書きたいと思った

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「求愛の言葉」



動物がパートナーへの愛を求める時。孔雀は羽を広げ、蛍は光り、犬は遠吠えをする。
人間はどうか。
文明発生時に獲得した道具のひとつである「言葉」を自在に用いる。
「愛してる」「君が好きだ」「月が綺麗ですね」「今夜は帰りたくない」―――時代や場所により変化してきた求愛の言葉は数多に渡るが、こんな言葉で愛を求めた女性はあまり居なかったんじゃなかろうか。


「キスがしたいんだが」
ソファに腰掛けて雑誌を読んでいると、俺の恋人であるところの彼女が正面に立つなりそう言った。
感情をあからさまに顔に出して見せると、向こうもムッとした顔をして見返してくる。
「嫌か」
「キス自体は嫌じゃないですが、誘い方が嫌です」
俺が敬語なのは、彼女が年上であるせいと、付き合う以前に色々と弱みを握られたせいである。つまりは尻に敷かれている。
「よもや」
彼女は腰に手を当て、あきれた声で言う。
「この私に『可愛くおねだり☆』とか要求しているんじゃあるまいな」
「そこまでハードル上げてないから安心して下さい」
天地が引っ繰り返ろうとそんなことをする人じゃないことは分かっている。彼氏だもの。
…いや、金が絡んだらするかもしれないな。
「じゃあテイク2」
俺の思惑を知らず、彼女は勝手に仕切り直した。
「Aがしたい」
「いつの時代の人間だ、あんたは」
「できるならCもしたい」
「それはちょっと明け透けすぎるでしょう!」
「そうか?ぼかしたぞ、肝心なところは」
「目的語だけぼかした所で、他が直球すぎる!」
「迂遠なよりいいと思うんだがな…」
彼女は口を尖らせた。さっきの誘い文句によほど自信があったらしい。
「私が『なんかぁ~…したくなってきちゃったぁ…』とかなんとか言って君の肩に寄りかかれば満足か?」
「少なくともまだやる気は出ますね」
「『したい』のが何かも分からないのにか。W●iかもしれないぞ」
「Wi●がしたいなら黙って電源入れるでしょうが」
俺の反論を聞き流し次の言葉を考えている。もうこの状態になったら、当初の目的を忘れている。
「『Hしたいな』…ならどうだ」
「ギリギリ許容範囲内です」
「君、『H』の語源は知っているのか?」
「いえ、知りませんし興味もないです」
「『HENTAI』の頭文字だぞ。君は自分が変態性欲の持ち主であることを認めるのか?」
「認めるとか、俺が隠れアブノーマルみたいな言い掛かりは止めてください」
「違うのか」
「止めてください」
なんとか宥め、俺に変態のレッテルが貼られるのを回避すると、彼女は芝居がかった動作で一本指を立てた。
「じゃあ、もうこれしか有るまい」
「嫌な予感がします」
「『カーンチ、セッ」
俺はソファから腰をあげ彼女の口をふさいだ。
「何をする」
「頼むからそれだけは止めてください」
「鈴木保奈美は大声で言ってたぞ」
「時代が違いますから」
「確かにね…バブル期の若者は、所謂ゆとり世代の我々からは想像できないくらいエネルギッシュで奔放だ。少し羨ましくもある」
「俺はそうでもないですが」
「草食男子か。この頃流行りの男の子か。肉を食え。牙をなくしたオットセイめ」
動物のチョイスが限りなく嫌だった。
散々俺を罵ってエネルギーを使い果たしたのか、彼女は深い溜め息を吐いた。
「たかだか『致す』位で、何でこんなに言葉を尽くさなきゃいけないのか」
「あんたが余計ややこしくしたんですよ」
俺の言葉はまた無視されて、彼女は遠い目で呟く。
「付き合ったらヤリまくれるものだと思い込んでいたが、そうでもないのね」
「語尾だけ女らしくしたところでカバー出来ないくらい下品な発言ですね」
「思うにね」
「はいはい」
「言葉があるからいけないんだ。本質を隠し、人間を駄目にする」
「極論ですね」
極論だが、それが結論であるらしい。
彼女はニッと笑い、楽しそうに俺の名前を呼んでこう言った。
「原初に戻ろう」
それからソファに思い切り飛び込んだ。