迷羊館の数奇な人々 一杯目 ダージリンと春の香
「うん。」
「珍しいね。」
「この季節になると、飲みたくなるんだ。」
「ふーん。」
訝しげな目線をこちらによこしながらも、月見 鏡(ツキミ キョウ)は追求はしないようだ。
当然といえば当然だろう。
月見の興味のある対象とは義理の兄であり、共依存関係で恋仲の、雨宮 五月雨(アマミヤ サミダレ)でしかない。
それ以外はどうでもいいのだ。
それは、こちらとて同じ事でボク無月 草華(ムツキ ソウカ)は視線をずらし斜め向こう側に座る、幾奇 水月(イツキ スイゲツ)を見つめる。
その頬は、綺麗な桜色に色づいていて可愛いと思う。
まぁ、言葉に出したとたんにウエスタン野郎がうるさく批判してくるから言わないけどね。
「水月、おいで。」
「おまえなぁ、おれのが年上なんだから・・・しかたねぇなあ。」
なんだかんだいって、そこで妥協するから君は損をするんだよ。
まぁ、言い返してきたとたんに論破してやるけどね。
ボクの隣を示してやれば、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「おすわり。」
「・・・。いぬじぇねぇ。」
「下僕(いぬ)。」
「・・・。」
ちょっと、ニュアンスを変えれば否定はしない。
あーもう、従順で本当に可愛い。
「こうべ、寄越して?」
撫でてあげる。
「ん、」
さらさらした指どおりの良い髪、この長髪をぐしゃぐしゃに成るまで撫でたり、逆に梳く時が一番好きだ。
なんていうか、特別になれた気がして・・・。
「気持ち良い。」
本当にそう思っているようで、猫が目を細めている時みたいに穏やかだ。
「そう。」
「うん。」
「さっき、話聞いてたでしょ?」
びくり、擬音がしそうなほど水月の方が跳ねる。
「ごめ、」
「あやまるな。」
そこでボクは水月の頭を撫でていた手を一度離して、その細い肢体を抱きしめる。
「ねぇ、水月。ボクは今が幸せなんだ。だから、謝らないで。」
「うん、だけど・・・」
「言い訳は、なし。」
「そうじゃない。オレ、鏡に嫉妬したんだ。」
「・・・。」
「草華さんは、オレだけ見てればいいのにって・・・」
気を使ったのか、他のメンバーは消えていた。
後で覚えてろ?
「大丈夫。そんなことじゃ、嫌いになんてなんない。」
それを嫌いになる要因だというならば、それを繰り返すボクの方がイヤな奴だ。
「ほんとうか?」
「じゃなきゃ、触れない。」
ずっと好きだから、あの2年前の春から・・・
二年前、ボクは水月に救われた。
ボクの性別は、体と一致しない。
自分では、男だと思ってるのに体は女。
いわゆる、性同一性障害だ。
そんなボクが、ある日町を歩いてると裏路地から出てきたゴロツキにぶつかってしまって
「責任を取れ」
って、体を要求されたとき、丁度近くに居た不良(そのときは名前を知らなかったけど水月だった)が助けてくれて・・・きっとあの時水月が居なかったらボクは自殺してた。
陵辱されるなんてボクのプライドが許さない。
で、水月が綺麗に敵をなぎ払った(本当に綺麗で、まるで踊っているようだった)後にボクの腕をいきなり掴んだと思ったら近くにあったファミレスでダージリンをおごってくれたんだ。
「男が皆、あんな生き物だって思われちゃ夢見わりぃ。」
って、言って。
だから、春になるとボクはダージリンを飲む。
不快なのも思い出すけど、水月と出会えた事で大切な居場所が出来たから。そう、あの時水月に出会えなければボクは存在しなかった。
現実の不条理に腹を立てて、理解者なんか居ないって思い込んだままだった。
ここは、確かに異常な人が多く集まるかもしれない。
ボクだってその一人だ。
でも、優しく包み込んで,浄化とまではいかなくても罪の意識を軽くしてくれる。
「ねぇ、水月。」
「なに?」
「マスターがボクらみたいな人が来たら扉を開く理由知ってる?」
「さぁ?」
「迷える羊で館を埋めて、異常を通常だって自分は間違ってない。そう信じたいんだって。」
「へぇ、それはまた随分と。」
「大それてる?」
「いや、良いんじゃないか?」
迷洋館は本日も密かに営業中。
作品名:迷羊館の数奇な人々 一杯目 ダージリンと春の香 作家名:でいじぃ