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『さようなら! メリー・クリスマス!』

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『さようなら! メリー・クリスマス!』

 いい男の昭夫といい女の朝子は理想的なカップルである。昭夫はそう思っていた。が、朝子はプレイボーイ気取りの昭夫に、その辺にいるジャガイモのような女と同じように扱われるのを内心快く思っていなかった。それゆえ、デートの誘いには、それなりに応じたが、決して肌は許さなかった。
 最近、朝子には、昭夫のマイナス面ばかりが目につくようになった。脳みそが空っぽで、キザで、気の短いこと。それゆえ、デートの誘いも立て続けに二回断った。しかし、昭夫は何で断られるのか皆目見当がつかなかった。諦めても良かったのだが、征服せぬまま別れることは、彼のプライドが許さなかった。そんなわけでどこかぎくしゃくした関係になっていた。
 クリスマスが近づいてきたので、二人の仲を何とか修復しようと、昭夫は朝子をディナーに誘った。

クリスマスの夜、珍しく雪がちらついた。
ドレスアップした二人はディナーに出かけた。
「雪ね、とてもきれいね」
「ああ、二人を祝福しているのさ」
 恰好つけ過ぎる。それに祝福するとは、どういう意味だろう? と朝子は考えた。
「どうした?」
 立ち止まる朝子に、怪訝そうに呟いた。
「何でもないわ、さあ行きましょう」 
 昭夫は一か月前から、この日のために最近できたホテルのしゃれたレストランに予約しておいたのである。ディナーの後は思い出に残る夜を、と目論んでいたのである。が、あいにくと店は繁盛して、八時に予約していたのに満席だった。入り口近くに用意された椅子に座らせ待たされた。
十分、二十分と過ぎていくうちに昭夫は怒りがだんだんとこみ上げてきた。が、朝子の手前、にこやかな顔をして待った。が、三十分過ぎる頃、昭夫はたまりかねて、忙しそうに動き回るボーイを何度もつかまえては、
「まだかね?」と凄みのある声でたずねた。
 しかし、ボーイは平然と、
「もうしばらくお待ち下さい」と繰り返す。
 ボーイの中でも、茶髪のボーイは数分のうちに二度も三度も聞かれて腹が立ったらしく、
「馬鹿か、恰好つけやがって」と小声で呟き、薄笑いを浮かべて去った。 
 昭夫は腹が立った。しかし、肝心のボーイはいない。
 危ない雰囲気を察した朝子は、
「もう出ましょう」と呟いた。
 なんて最低の夜だろう。誘いなんか乗るんじゃなかった、と後悔しても始まらない。今は一刻も早く店を出た方がいいと朝子は思った。そうでないと、気の短い昭夫がボーイと喧嘩しかねないからだ。
「本気かい? 何を言っているんだよ?」と苛立ちの色をあらわにした。
「あら、そう、だったら、ずっといたら」と朝子は冷ややかに言うと立った。
「さっきからおかしいぜ」
「あら、そう、でもあなたの方がもっとおかしいわ。あんな小僧みたいなボーイにゆでタコみたいにカリカリして」と茶髪のボーイと同じように見下した目で言った。
 昭夫は限界に達した。文句を言おうとしたが、朝子は背を向けさっさとドアの方に向かった。
昭夫は追っかけた。
「待てよ」と朝子の肩を掴んだが、朝子はすばやくはずした。すると、勢い込んだ昭夫はなす術もなくつんのめって、悪いことに積もった雪に足をとられ転んでしまった。
 朝子は笑った。
「昭夫さん、あなたってやっぱり、水も滴る、いい男ね、違ったわ、雪も滴るかしら」
「さようなら、お別れね。せいせいしたわ。メリークリスマス!」と言って朝子は人混みの中に消えた。