大人への階段
夏だった。
朝から暑かった。湿った風が海から吹き寄せていた。
少女は砂浜を歩いていた。何か考え事をしながら歩いていた。
少年が気づかれないようにそっと後をつけた。彼は少女の近くに住む幼なじみで、ずっと遊び仲間だった。そして同じ子供だと思っていた。
海から気まぐれに風が吹いて、少女の長い髪をもてあそんだ。いつもなら、髪を抑えたりするのに、そのときはいっこうに気にする雰囲気はなかった。
少年は「どこへ行っていたの?」声をかけようか、あるいは、突然背中を押して驚かしてやろうか、迷いながらゆっくりと近づいて行ったとき、突然、彼女がどこか少し違うことに気づき歩みを止めた。そのとき、少女は振り向いた。
「つけてきたこと、ずっと知っていたんだ。驚かそうとしたんでしょ? 相変わらず子供ね」とほほ笑んだ。
どこか違う。何かが? それは何だろうと少年は一生懸命を考えた。けれど、答えは見出せなかった。
「お前だって子供だろ?」と少年は少女を突き飛ばそうとして、その胸を押した。すると、やわらかな感触が伝わってきた。思わず少年は手を引っ込めた。少女は勝ち誇ったように微笑んだ。少年は悟った。すでに彼女が大人への階段を登りはじめていたということを。
少女は咎めるようなことは何も言わず、「ねえ、一緒に手をつないで歩こうか。昔みたいに」
「馬鹿じゃないか」と思いっきり砂を蹴ろうとしたら、少年は転んでしまい、そのまま転んでしまった。ちょうど足を滑らせてしまって寝転んだような格好だ。
少年が見上げたら、笑いこける少女と青い夏の空があった。