夏の日の思い出ーアイスキャンディー
暑い夏の午後、裏庭に面した部屋で、母親と一緒によく昼寝をした。
どこからもなく風が吹いてきて、裏庭に群生する竹を揺る。葉と葉が擦れあい、小さな音が無数集まって、あたかも潮騒のように聞こえた。
玄関先には、母が市場で買ってきた風鈴が吊るされていて、午後になると、チリン、チリン涼やかな音を奏でた。
昼寝をする部屋は、戸が目一杯開けられており、潮騒と風鈴の音、それに風が自由に行き交う空間だった。
ごはん食べ終えると、母は幼子であった自分を連れて、戸のそばにいき、
「お昼寝しようね」と母は言うと、ごろんと横になった。
ずっと立っていると、
「早く寝なさい」と促した。
何か子守唄のような唄を口ずさんで聞かせてくれたが、いつも朝早くから農作業をしていた母が先に寝入った。
母の寝息、竹の葉が作り出す潮騒、そして風鈴の音、それらを聞いているうちに自分も眠りの底に着いた。
夢うつつの中で遠くの方から風鈴の音とは少し違う鈴の音が聞こえてくる。チリン、チリンと。少しずつ近づいてくる。はっと目覚める。それはアイスクリーム屋が自転車につけた鈴の音だった。寝ている母親を驚かさないようにそっと揺する。母親はなかなか起きない。鈴の音はいつしか遠ざかろうとしている。慌てて前よりも強く揺する。母親の目が半分開く。
「アイスキャンディを買って!」とせがむ。母親はポケットに忍ばせておいた小銭を渡し、再び寝入る。
小銭を受けとると、急いで家を飛び出た。
鈴の音のする方に走った。アイスキャンディ屋が見付かったときの嬉しかったこと。小銭を渡し、流れる汗を忘れて、冷たいアイスを頬張る。すると、冷たくて美味しい食感が口一杯に広がり、幸せな気持ちにしてくれた。
家に戻ると母も起きていた。
そして、いつも決まって、「おいしい?」と微笑んだ。
アイスキャンディを頬張りながらうなずいた。
遠い昔の話だ。
決してゆたかではなかったが、今思うと、夢のような幸せであった日々があった。ゆたかになるために何かを、素朴な何かを忘れてしまったような気がする。
作品名:夏の日の思い出ーアイスキャンディー 作家名:楡井英夫