うめかみ
いつもより真剣に、切実に、柚井子は叫ぶ。
「だからって別にここじゃなくたって……」
「ダメなんだよ!」
「別に信じてくれなくたっていいけど、良いけど、でも、ここじゃなきゃダメなんだよ! この梅の木の花じゃなきゃ!」
「だってもう、ゆいはどこにも行けないんだから」
何、言ってんだこいつ。どこにも行けないんじゃなくて、どこにも行かないだけじゃないか。
ああでも、そういえば、足がつぶれてたっけ。
何で潰れたのかは、やっぱり覚えていなかった。
「ともかく、そっから動きたくないのか」
「ちょっと違うけど、うん」
「そっから見れるなら梅じゃなくてもいいのか」
「見れるならね」
それならばいい案を、今思いついた。満足するかは分からないけど、物は試しだ。
「これでどうだ」
「そーちゃん、自然に優しくないね」
相変わらずわがままな奴だ。
俺が手に持っていたのは、無理やりへし折った桜の枝だった。梅はないけど、桜ならそこら辺に嫌でも咲いてる。なんせ今が時期だし。梅じゃないけど、桜も似たようなものだろう。
「でも、これで今年もお花見が出来るね。そーちゃんはゆいに優しいね」
その一言で、俺と柚井子だけの楽しい花見タイムは始まって、一瞬で、終わった。せっかく買ってきた団子は、一口も手をつけられていなかった。
仕方ない、柚井子は初めから、この梅の木の下には、いなかったのだから。
最後に見た柚井子は真っ赤だった。
何で真っ赤だったのかは、今、思い出したところだ。