東京ー夢を紡ぐ街ー
今も東京は若者にとって魅力に満ちた都市だ。そこは過去も未来もない。束の間だけの現在という瞬間があるだけである。現在という時間がまるで熱帯の驟雨のように降り注ぐ。
いたるところで、いつも胸をときめかすドラマが起こっている。誰も予測なんかできない。善もなければ悪もない。不思議なドラマが無数繰り広げられる舞台だ。誰もが舞台で演じることだってできる。観客は蟻のようにいる。素顔なんか見せる必要もない。それに誰も隣人のことさえ知らない。仮面をつけて舞台に上がることもできる。
夜の東京は巨大なメリーゴーランドだ。メリーゴーランドの案内役のピエロが、「さあ、あなたも観てばかりいないで! 舞台に上がりなさい。時間はたっぷりありますよ。あなたの夢を語りなさい。みんなで聞いてあげる」と叫んでいるではないか。
美智子という女が舞台を降りようとしています。どうやら一つのドラマが終わったようです。彼女の話を聞かせてあげましょう。
彼女が東京に来たのは、今から、もう十年近く前のこと。地味な安っぽい黒い大きな鞄を抱えてやって来た。その中に夢をたっぷりと詰め込んで。
最初電販売店に勤めた。
大きな夢があった。ピアニストになることである。幼い頃からピアノを学んできた。いつか花を咲かせたかったのである。
一年間事務をして、八十万貯めると、会社を辞め、美容整形を受けた。鼻を高くし、頬の骨を削った。良い女になった。鏡を見た。理想まではいかないまでも、十分納得できる顔になった。
整形後、彼女は売春クラブに一時身を置いた。
清楚でどこか気品のある顔立ちが男たちのすけべ心をくすぐるのだろうか、半年後、彼女は店でナンバーワンの売れっ子となった。楽しくてお金がたまれば、それでいいという女の子もいたが、彼女とって、金はただ単に夢の国に行きの切符を買う道具でしかなかったので、長く売春クラブにいる気はなかった。
彼女は二人の男と愛人契約を結んで、店をやめた。一人は役人、もう一人はストアのオーナである。契約額はそれぞれ月々二十万である。男たちは月四回、彼女のマンションに訪れ、夜をともに過ごす。愛人になることで金と自由になる時間を手に入れた。自由な時間はピアノ学校に通った。
「わたしの夢はニューヨークで本格的なピアノを習うことなの。そこでピアノを演奏できたら最高の幸せよ」と夢を語るとき、彼女の瞳は星のように輝いた。
いつしか東京から美智子は消えた。が、彼女がピアニストになった話も聞かない。日本のどこかでひっそりと暮らしているか、それともニューヨークへ行ったか。行方は誰も知らない。
聞いたような話ですか? 東京じゃ、この手の話は掃いて捨てるほどあります。ピアニストであったり、俳優であったり、あるいはキャリアウーマンであったり。
ほら、また一人、大きな鞄抱えた少女がやって来ましたよ。あの鞄の中にどんな夢が詰まっているのか。