虚構世界のデリンジャー現象
木虎と千代子と魔法少女
※若干まどマギネタばれ要素あり
「僕と契約して魔法少女になってよ」
「まどマギ?」
間髪を入れずに返された正解に、木虎はにやりと笑う。
木虎のぶっ飛んだ問いかけは、同類ならばほぼ一瞬で8割くらいは正解が導き出せる程度には有名な、とあるアニメの台詞だった。ネットで一時期流行語になっていたくらいなので、千代子も台詞程度は知っているだろうと踏んで木虎は台詞を投げかけたのだが、反応速度と一瞬だけ口元に浮かんだ笑みから察するに、十中八九千代子もまどマギ視聴者だ。
「やっぱり観てたの」
「あれだけ騒がれれば気にもなって観ちゃうわ」
「だよねぇ。騒がれるのには騒がれるだけの理由があるんだろうし」
木虎も千代子も、一言でいうなら所謂「ヲタク」の部類にカテゴリされる人間で、サブカルチャーにはそれなりに通じている。とはいえ、最近はライトなヲタク層も増えて自称「ヲタク」も増えているので、「ヲタク」といっても本当に軽い部類からもう手遅れ気味な層まで幅はあるが。
そして、木虎は本人曰く「ライトなヲタク」で、千代子は木虎が何の話題を振っても大抵は反応できるほどに知識量が半端ない正真正銘の「ヲタク」だった。
木虎の自称「ライトなヲタク」発言に関しては、方々から「嘘は(・A・)イクナイ!!」と非難の声が上がりそうだが、木虎的には自身のアニメへのスタンスは「ヲタク」を名乗るにはおこがましい、ライトなものだと考えているので、他者に自身のアニメへのスタンスを説明する時には「ちょっとサブカルチャーに詳しいだけのアニメ好きなライトなヲタク」という立ち位置を貫いている。
閑話休題。
「千代子さんなら何を願いに魔法少女になる?」
「魔法少女になんてならないわよ」
間髪を入れずに返された想像と違わぬ千代子の言葉に、木虎は思わず笑った。
「千代子さんってそういう人だよね」
「何かを得るには、それに見合う対価が必要なのよ」
開いていたノートPCをちゃぶ台の脇に避け頬杖を付いて、今までPCで隠れて見えなかった千代子の手元に目をやると、意味不明な単語の羅列がびっしり書き連ねられたルーズリーフが何枚か積み重なっている。
千代子は木虎と会話をしながらも視線はPCから離さないし、数値を打ち込む手も休めない。忙しい時には話しかけても無視されるので、会話が成り立っているということは、今は数値を打ち込むだけの単純作業なのだろう。
「常識を覆す、所謂『奇跡』なんてレベルの願いを叶えるその対価は生半可なものじゃないって?」
「常識的に考えてそうでしょう?」
「そりゃそうだ。あ、飲み物取ってくるけど千代子さんは?」
「貰う」
喉を潤す為に冷蔵庫から麦茶を取ってくるついでに、千代子に飲み物のお代りの必要性の有無を尋ねると「いる」との返答。
千代子が買って持ちこんだリプトンのレモンティーを冷蔵庫から取り出してサーモマグに注いでやり、PCの側に置いた。礼は短く簡素だ。
放っておくと紙パックの口から直接飲むことも千代子は躊躇わない。躊躇わないというより、木虎の目がない自宅では絶対に千代子は紙パックから直接飲んでいると木虎は確信していた。
何故なら、飲むのに使ったコップを洗うのはめんどくさいからだ。めんどくさくて非効率、紙パックは捨てるだけなのだから直接口を付けたって衛生面的にもその日のうちに飲み切ってしまうのだから構わないだろう、というのが千代子の言い分で。それに対して、木虎は単純に感情的な理由でコップのある状況下で直接紙パックとかペットボトルとかから飲み物を直接摂取するのを好まない。
互いの譲歩の結果、木虎の目のあるところでは千代子は紙パックから直接飲むことはせず、木虎に与えられたサーモマグを使用する。そして、木虎は千代子の譲歩への礼に使用した容器の洗浄を請け負う、といった具合だった。
「千代子さんは、努力は惜しまない癖に妙なところでどうしようもないくらいめんどくさがりだよね」
「手を抜けるところは手を抜いているだけよ」
「でもって、千代子さんは努力すれば大抵のことはどうにかなると思ってる」
「努力してどうにもならないことなら、それは人間の手を出していい範疇外のことだったってことでしょう」
「そうきっぱり割り切れるもん?」
麦茶を注いだついでに冷蔵庫から取り出してきたポッキーを齧って、木虎は首を傾げた。
ポッキーはまどマギの作中で杏子が食べていたのを見て、無性に食べたくなって買ってきたものだ。杏子は見ていてお腹が減る。杏子のシーンは深夜に観てはいけない、完璧な脂肪フラグだ。
「千代子さんもどう?」
「ありがと」
「俺はさ、俺自身がキュウベェに契約を持ち出されるタイミングを考えるとしたら、きっと"さやか"の立場が一番近いと思うんだよね。マミさんじゃない」
「……それは、自惚れていいのかしら?」
「千代子さん限定ではないけどね、対象になる確立として一番高いのは千代子さんかもだけど」
「わたしは"さやか"と同じ行動はしないわ。きっと」
「千代子さんなら、きっと杏子がさやかにいった通りの行動をする、かな?あぁ、でも違うか。千代子さんは自由と無限の選択肢のある中で頼られるのが好きなわけだから、手足を潰して自由を奪った俺には興味ないね」
「……どれだけ酷い女なのよ、わたしは」
「千代子さんらしくて、俺は好きだけど」
ひひひ、とわざとらしく笑った木虎に千代子は肩を竦めるだけ竦めて否定はせずに、視線をPCへと戻す。その頬が少しだけ赤くなっていたのには見て見ぬふりをしてやって、木虎はちかちかとライトの点滅するスマートフォンへと手を伸ばした。
「でも、もし貴方が死にかけてたら契約するかもね」
PCの画面へ視線を戻してから一言、ぽそりと付け加えられた千代子の言葉に木虎はまたしても笑って、このツンデレと呟いた。
*
木虎も千代子も最終的に「ほむほむかわいいよほむほむ」派
ナデシコはルリルリだし、エヴァは綾波だし、ハルヒなら長門さんだし、俺妹は黒猫だし、まどマギはほむらだというある意味わかりやすい好みの二人。
初出:2011/04/23 (Sat)
作品名:虚構世界のデリンジャー現象 作家名:ふちさき