殺人幸福論
あの人を、こう、ブスッと。
ええ。ずぶりと包丁が肉に埋まっていくのがあんまり感触がないものだから、つい、何度も何度も。
あの人がちゃんと死んだのか、そればかりが不安で。
だって生きていたら可哀想じゃないですか。
あんなに思いやりの深い、そう、とても良い人だったのに。
何故殺したのかって?
何故……って事は、ないんですよ。
ただ、生きていたら可哀想だから。
苦しい事や辛い事が、たくさんたくさんあるじゃないですか。
だからね、こう、一息に。
わかりませんか?
わかりませんよねぇ。
だけど良いんです。
世界中の誰も分かってくれなくても、あの人さえ分かっていてくれたら。
あの人だって分かってないって?
そんな筈はないんですよ。
だって笑ってくれたもの。
今わの際に、にこっとね。
気のせいじゃないですよ。
今は苦悶の表情で死んでいますがね、一瞬ですよ。一瞬にこっと。
それだけで充分なんです。
充分、人殺しになる価値があります。
あなた方には、一生かかっても分からない幸せなんですよねぇ。