隣人
私の住んでいる壁の薄いアパート。このアパートからは時々奇声が聞こえると近所の評判になっている。
私はその正体を知っている。私の隣人である。
私の隣人は見た目からして奇妙な男である。いつも長いローブのような上着にジーンズという出で立ちで、手には巾着のような物を握り締めている。
私と目が合うと嬉しそうにその巾着からボンタン飴やらジンギスカンキャラメルやらを取り出してくれるのだが、その嗜好が私には理解できない。
とにかく隣人は変人ゆえに、アパートの住人たちからも遠巻きにされている。多分嫌われてもいるのだろう。燃えないゴミを漁っていたとか、小学生女子をじいっと凝視していたとか、そんな噂ばかり立てられている。私はその噂の真偽のほどを知らないが、おそらく嘘だろうと見当をつけている。
私は、一応は隣人なので、挨拶くらいはする。
おはようございますと言うとおはようと返ってくるし、こんにちはと言えばこんにちはと返ってくる。別段おかしなところはない。
その奇妙な出で立ちと時折上がる奇声さえどうにかすれば、隣人も一般的な人種として受け入れられるのではないだろうか。
「もっときちんとした格好をしてください」
私は思わず、隣人に向かって言った。
隣人は目を丸くしてきょとんとした顔になり、小首を傾げた。
「その変な、ローブのような上着を脱いで、Tシャツで良いんです。そういう格好をしてください」
隣人の首の角度はどんどん傾く。
「どうして?」
と、隣人は言った。
「どうしてもこうしてもないんですよ。このままじゃ貴方、完全に変質者扱いです。それは嫌でしょう」
「嫌?ううん、嫌なのかなぁ」
隣人はもう完全に首と肩がくっつくくらい首を傾げて、不思議なくらいすっ呆けた声を出した。
「僕はねぇ」
首の角度を元に戻して、まっすぐ私に向く。
「変人だろうが変質者だろうが構いやしないんですよ」
綺麗な目だ、と思った。
「僕は、生きたいように生きてるんですからね」
たとえそれが私たちの目にどれだけ奇妙に映っても。
奇声を上げるのも素っ頓狂な格好をしているのもボンタン飴やジンギスカンキャラメルを常備しているのも、全部そうしたいからしているのだ。
他人にどう思われてもいい。
その覚悟があるからそうしている。
「どうもありがとう」
隣人はそう言って、歩いて行った。
私はその背が見えなくなるまで、見つめるしかなかった。