空き地の子猫
そこは池袋駅の近くの空き地である。空き地にはごみが散乱し、毎朝、鳩の群れが餌をあさっている。
ある冬の朝、いつものように鳩が群れなして餌をあさっていた。そこへ、子猫が用心深く忍び寄ってきた。白と黒が混ざった、生まれて間もないような子猫である。どこかで捨てられたのだろうか。
子猫は音を立てないように低く身をかがめて地を這うように近寄る。その眼はハンターだ。二、三歩とゆっくりと歩き、そして息を殺して止まる。一気呵成に追わないのは、自分の足の速さを知っているからだろう。十分に近づいてから襲おうという魂胆だ。それにしても、鳩を獲物にするには大きすぎるように思えたが、空腹で見境がつかないのだろう。
鳩は気づく様子がないが、見つからないように、飛びかかれる距離まで近づくのはかなり至難の業である。なぜなら、そこに子猫を上手く隠すものなど何も無いのだから。
子猫の目は鳩以外のものは何も映らないようだ。人に観察されていることもしらずに近づく。奇妙なのは、用心深く身を低くしながら近づいているのにも関わらず、尻尾がパタパタと動かしていることだ。「おいしい獲物がいる。嬉しいな」という感情表現だろうか。正に「頭隠して尻隠さず」とはこのことではないか。
かなり近づいたとき、鳩の動きが一斉に止んだ。あたかも時間が止まったかのように。近づくものの存在を知ったのだろうか。けれど、子猫は鳩たちの動きが止まったことに気づかない。相変わらず尻尾を動かし、身を低くして、一歩、二歩、三歩と近づいていく。
あと一歩。あと一歩近づけば、飛びつくができるというところに来たとき、鳩の時間が再び動き始めた。近づく危険を察知していたのか、鳩は一斉に飛び上がった。子猫が慌てて走って追いかけるも、触れることすらできなかった。子猫は飛び去る鳩を呆然と見上げた。
子猫の体のところどころで毛が抜けている。栄養状態が悪いのか、それとも病気にかかっているのかは判らないが、そこに生きる厳しさがあるだけは紛れもない事実であろう。何か重たいものを引きずって歩いているような足取りで歩き出した。
空き地にバケツが放り投げられてある。水が溜まっている。子猫はその水を飲んだ。決して空腹を満たすことは出来ないだろうが、少なくとも一時、空腹を忘れさしてくれるだろう。