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美しい喜劇

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 荒井によれば、彼が目を覚ました時、日野は丁度用を足して再び横たわるところだったらしい。既に岩下は事切れており、日野が犯人ではないとしても死体は目撃している筈だが、それにしては日野の様子は落ち着いていたという。

「いずれにしても今はまだ四時ですから、もう少し眠った方がいいですよ」

 荒井はそう言うと、坂上からそっと離れて自分の定位置に戻っていった。坂上はナイフの柄をぎゅっと握りしめながら必死で考える。風間を殺したのは誰か。福沢と細田は相討ちだ。岩下は寝首をかかれたのだろう。日野の行動の意味は?そして荒井は何故そんなことを坂上に教えたのだろうか。協力して日野に立ち向かうため?それとも、誤った情報を与えることで坂上を混乱させたいのだろうか?本当は風間や岩下を殺し、福沢の食料を隠したのは荒井で、坂上に日野を疑わせることで相討ちになるように仕向けている──?いや、だとしたら「日野が風間の水に毒を入れるのを見た」とか、「日野が岩下を殺すところを見た」と偽った方が確実ではないか。では、荒井の言っていることは真実だとして──日野は何故福沢の食料を隠したのか?生き延びるためならば自ら福沢と細田を殺した方が効率がよい筈だ。では食料だけを確保したのは──坂上との約束を守るため?自分からは殺さない、しかし坂上は守る……そういうことなのだろうか。だが、日野が完全に善意だとしたら、直接坂上に危害を加えられていないうちから、福沢の食料を奪う理由はない。やはり福沢のその後の行動を見越した故意があったのではないか……。
 考えれば考えるほどわからなくなる。自分を好きだと言ってくれた日野を信じたい。正当防衛以外の理由で人を陥れるような人ではないと。だが、打ち消そうとすればするほど疑いは濃くなっていく。こんな状況におかれたが為に、殺人を犯してしまったのか。それとも、はじめからすべて日野が仕組んだのか ──……。


 思考を巡らせているうちに再び寝入ってしまっていたらしい。目を開けると、死体がひとつ増えていた。

「ひっ……!」

 喉が引き攣り、うまく言葉がでない。坂上の正面で、荒井が泡をふいて倒れていた。

「自殺だ。ペットボトルの水に毒を入れて飲んだらしい。ペットボトルに岩下のカッターで遺書が刻まれていた」

 震えながら起き上がった坂上に、日野は荒井が持っていたらしき空のペットボトルを見せた。

「これ以上他人に自分の命を弄ばれるのは耐えられない」

 確かにそう刻まれているが、それが本当に荒井の筆跡なのかどうか、よくわからない。

「その岩下も、自分で喉を裂いて死んだ」
「えっ?」

 思わぬ言葉に顔をあげると、日野は無念そうに顔を歪めた。

「夜中に物音がして目を覚ますと、丁度岩下がカッターを喉に突き立てるところだった。慌てて止めようとしたんだが、間に合わなかった」

 そう言う日野のシャツには、よく見れば点々と返り血が散っている。
 ──辻褄は合う。だが坂上は、一体何を信じればいいのかわからなかった。新堂は憔悴しきった表情で岩下の死体を眺め、ポツリと呟く。

「二人とも、自殺だよな……?誰に殺されたわけでも、ねぇよな?」

 自分に言い聞かせるように、あるいは日野に問いかけるように。

「ああ、二人は自分でそれを選んだんだ」

 日野は力強く頷く。だが坂上の目にはその横顔が悪魔のように見えた。風間を殺したのも、福沢と細田を罠にはめたのも、岩下や荒井を自殺に見せかけて殺したのも、みんな日野なのではないか。それどころか、この状況を仕組んだのも、やはり日野だったのかもしれない。思えばスピーカーから流れる声は終始一方的で、会話が成立したことは一度もなかった。例えば日野があらかじめ声を吹き込んだカセットをセットし、何らかの条件を満たせば流れるように設定していたとすれば──。

「坂上?」

 疑念を膨らませる坂上に、新堂が心配そうに呼び掛けた。

「あ、はい?」
「とりあえず岩下と荒井が遺した食料、分けようぜ」
「……そうですね」

 人が死ぬたびに、自分の命のリミットが引き延ばされる。なんと言う皮肉だろうか。坂上は差し出された食料を苦い気持ちで受けとり、ため息を吐いた。風間の死体は既に腐乱し始めている。福沢や細田の死体もそのうち崩れていくだろう。岩下や荒井も既に冷たく、硬くなってしまっている。次は誰だ。誰が殺される?──予想はできる。次はきっと……この予想が当たらなければいいのに。


 願いもむなしく、四度目の朝に見たのは血に濡れた日野のナイフだった。それは新堂の胸に突き立てられていた。口から血を零しながら、新堂は坂上に訴えるような目を向け、やがて動かなくなった。

「新堂が、お前を殺そうとしたから……」

 項垂れる日野の頭からも血が流れていた。その足元には赤く汚れた新堂の鉄パイプが転がっている。

「嘘だ」
「え?」
「日野先輩が殺したんでしょう?」
「さ、坂上?」

 坂上は立ち上がり、手の中のナイフから刃を取り出す。日野はそれを見ると顔を引き攣らせた。

「風間さんも福沢さんも細田さんも岩下さんも荒井さんも新堂さんも、貴方が殺したんだ!!その為に僕たちをこんなところに閉じ込めて、被害者のふりをして!!次は僕を殺すんでしょう!?好きだなんて、嘘で!!本当は殺す機会をうかがっていたんだ!殺したいほど、憎んで……っ!」

 嗚咽混じりに叫びながら、じりじりと日野を壁際に追い詰める。視界は歪み、その表情はよくわからない。

「違う、坂上、俺は本当にお前を……っ」
「聞きたくない!!」

 凶器を振り上げ、日野の鳩尾に突き刺した。噴き出した血が顔にかかる。

「さか、が、……み……」

 涙が零れ落ち一瞬クリアになった視界の中で、日野は悲しげに微笑んだ。そのまま瞼を下ろし、力の抜けた身体が壁から滑って床に倒れる。

「あっ……」

 違う。この人は違う。
 本能的に悟ってしまった。日野は本当に犯人ではない。
 
 
「──やっと終わった。で、最後はやっぱりこうなったか」
 
 背中から光が射し、聞き覚えのある声が愉しげに告げた。振り返ればその影は目を細くして笑みを深める。

「おめでとう、坂上くん。君が勝者だ」


 七つの死体の真ん中で、坂上は虚ろに笑った。笑い続けた。
作品名:美しい喜劇 作家名:_ 消