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美しい喜劇

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「もう、いやだよぅ……どうしてこんな目に、遭わなくちゃならないんだよぅっ……!」
 
 何故こんなことになったのだろう。横たわる現実から目を逸らし、細田の嗚咽を意識の外で聞きながら、坂上は唇を噛んだ。

 出来れば風間の死体は視界に入れたくなかったが、日野が動かさない方がいいと言うので、そのまま放置された。取り乱し、あるいは憔悴し、殺気立つ者達の中にあって、常以上の冷静さを保つ日野が頼もしく、そして不気味でもあった。

「誰とは言いませんけど、武器を所持してる人がいますよねぇ?それって不公平じゃないんですかぁ?」

 殺伐とした雰囲気を更に煽るような女の声が、熱気のこもった地下室に響いた。そちらに目を向ければ、福沢が疲れきった顔を歪ませて笑っていた。

「別に、その人が犯人だって言いたい訳じゃないですけどぉ。武器を取り上げるか、全員が武器を持つかした方が、いいんじゃないの?」
 
 坂上は思わず岩下に視線を移した。他の者も同じ考えに至ったらしく、全員が彼女を見ていた。

「このカッターは手放さないわよ。私を殺そうという馬鹿がいたら、これで返り討ちにしてあげる」

 岩下は澄ました顔で言い返し、煩わしそうに福沢に一瞥をくれ、すぐに逸らした。

「しかし、全員が武器を手に取るというのはお勧めできないな」

 日野はため息混じりにそう言って、あとは沈黙した。確かに日野のいう通り、武器を持ったが最後、後戻りはできなくなる。自衛という大義名分が、殺し合いの引き金を引くだろう。そして、たった一人が生き残るまで、それは止まらないのだ。容易に想像できる最悪の未来に、坂上は心臓を竦ませた。だが、武器を持たずにじっとしていることもまた、堪えがたいことだった。既に一人は殺されたのだ。次の犠牲が出ないと、どうして言えるだろう。

「武器、一人一つずつ持とうぜ。それが、お互いに対する牽制になるだろ」

 やがて、新堂が諦めたように提案した。荒井もそれに頷く。

「反撃されるリスクを考えれば、容易に手出しはできないでしょう」
「しょうがないな……」

 渋々と言ったように日野が頷くと、早速福沢が立ち上がってダンボールを物色し始めた。それに新堂、荒井と続く。既にカッターを所持している岩下は腰をあげなかった。坂上は気が進まないながらも、ダンボールから折り畳み式のナイフを取り出した。福沢はボウガンを、新堂は鉄パイプを、荒井は鉄の鎖を、細田は縄を、日野は坂上のものより刃渡りの長い鞘付きのナイフをそれぞれ選びとる。
 気休めでしかないことはわかっている。むしろ、リスクは高まったとさえ言えるかもしれない。例えば誰かが誰かに襲いかかったとしても、殺してしまえば生き残った方はいくらでも言い訳ができてしまう。こいつが襲ってきたからやった──と。


 その後はもはや誰も、進んで口を開こうとはしなかった。窓も空調もない地下室には湿気と熱気がこもっている。救いがあると言えば直接太陽光が射し込まないために温度が上がりにくいということだけだった。奥行きのある地下室だが、七人もの人間が呼吸していれば酸素は薄くなる。坂上は絶望的な気持ちで缶詰のプルタブを引き上げた。一度開けてしまえば、長くは持たない。空気に触れた鯖の肉は、放っておけば腐ってしまう。他の者達も少しずつ自分の食料を口にする。風間が遺した分は全員で平等に分配した。滑稽なほど美しい助け合いも、いつまで続くことか。

 そんな状況にあっても、睡魔はやってくる。ひとりまたひとりと重い瞼を閉じていく中、坂上もまた硬い床に横たわった。壁に背中をつけて蹲っている者もいるが、日野は坂上に並ぶように横になった。不完全な静寂が仄暗い地下室に満ちる。
 他の人たちは本当に眠ったのだろうか。寝たふりをしていて、他の者が寝入っている隙に命を奪うかもしれない。ペットボトルは日野の提案で全員分集められ、残りの水を三本に入れ直して中央に置かれている。毒物混入を防ぐため、朝になったらそれをシャッフルして全員で回し飲みするということになった。もちろん飲み口はその都度拭き取るらしい。

「起きているか、坂上」

 耳元で囁くような声がした。日野だ。坂上は多少驚きながらも、返事の代わりに微かに身じろいだ。

「……覚えていてくれ。最後の二人になったとしても、俺がお前を守りきる」

 その言葉に、坂上は息を呑んだ。それはつまり、坂上を守るためなら進んで手を汚すという意味ではないか。やめてください!──坂上はそんな思いを込めて首を振った。背後の気配は一瞬黙り、それから耳元に吐息を吹き掛ける。

「安心しろ。自分から殺しはしない」

 背中に触れていた熱は、そのまま離れていった。



 金切り声と悲鳴に意識を呼び覚まされ、慌てて身体を起こすと、福沢と細田がぐったりと床に横たわっていた。その姿はまるで打ち捨てられた人形のようだ。細田の肩と脇腹に刺さる矢や、福沢の首筋にくっきりと残る痣を見なくても、彼らが殺し合いの末に絶命したことは一目瞭然だった。細田の遺体の周りには小さな血溜まりが広がり、少し離れた場所には汚物もぶちまけられている。

「何が、あったんですか?」

 震える声で訊ねると、死体を見つめていた荒井が顔をあげた。日野や新堂は坂上と同時に覚醒したらしく、引きつった表情で荒井に目を向ける。

「福沢さんの食料がすべてなくなっていたんですよ。彼女はそれを細田さんが夜中のうちに食べてしまったのだと言って彼にボウガンを向けました。細田さんは否定しましたが、福沢さんが聞く耳を持たずに矢を放ってきたので、逆上して彼女の首に縄をかけたのです」


 増えた死体は、トイレに行く際に通行の邪魔になる為、新堂と日野がそれぞれ壁に寄せた。それが済むと、細田が遺した食料を分配し、長い沈黙が降りた。

 腕時計が三日目の正午を示す頃、半ば存在を忘れかけていたあの声が再び響き渡った。
 
【ふひひっ、細田と福沢も死んだのか。あと何人?何人殺せば出られるかな?ひひひっふひゃひゃははははっ!】

「ってめぇ……俺達をバカにしてんのかよっ!?」

 怒りに震え立ち上がった新堂が、持っていた鉄パイプをスピーカーに向けて投げつけた。先端が少し当たり、側面を僅かに凹ませたが、笑い声は止まず、新堂に応じることもなくやがて途切れた。

 残っているのは、坂上を含め、日野、荒井、新堂、岩下の五人だ。この中に、風間を殺した者がいるのだろうか。それとも、福沢か細田のどちらかがそうだったのだろうか。わからない。何も考えたくない。坂上は手を伸ばし、細田の遺した乾物をいくつか、口の中に入れた。
 
 永遠とも思える時間が無為に流れていく。誰も口を開かず、時折食事を摂り、トイレに立ち上がるだけだ。血と汚物と死の臭いが、辺りに充満している。
 やがて夕方を過ぎ、夜も更けてきた。また、眠りが訪れようとしている。坂上はナイフをしっかりと胸に抱き、壁に背を預けたまま瞼を閉じた。
 

 微かな物音で目が覚めた。うっすら目を開けると、誰かの足が見える。誰だろうと思う間もなく、その主は膝を曲げて坂上の耳元に顔を寄せた。

「坂上くん、起きていたら指を動かしてください」
作品名:美しい喜劇 作家名:_ 消