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美しい喜劇

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 場の空気がひび割れるように、緊張が走った。誰もが、たった今音声を発したスピーカーに視線を向ける。戸惑い、動揺、恐怖、怒り──それぞれに、異なる感情を滲ませて。

「……誰だよ、てめぇ。ふざけたことぬかしてんじゃねぇよ!俺達に殺し合いなんかさせて、どうするつもりだ!?」

 全員の気持ちを代弁するように、新堂は声をあげる。しかし次の瞬間スピーカーから漏れだしたのは、クケケケケケという不快な笑い声だった。

【理由は、君たちには関係がない。どうせ、君たちでなくてもよかったんだから。そうだな……死の恐怖に追い詰められた人間がどういう行動をとるのか、観察してみたい……というのはどうかな?】

 声は名乗らず、勝手な言い分を繰り返す。

【いずれにせよ……君たちが生き残る手段はひとつしかない。すなわち、他の七人を殺して最後の一人になることだ。ふっふふ……ふひひひひっ……誰が残るか、楽しみだなぁ!ヒハハハハハハハハハハハハハッ──】

 ブツン!

 延々と続くかに思えた嘲笑は、僅かなノイズと共に突然途切れた。呆気にとられて聞いていた坂上は虚脱感に襲われ、次いで沸々と怒りが込み上げてきた。

「なんて奴だ……俺達はあんな異常者の好奇心を満たす為だけに閉じ込められたっていうのか……」

 坂上の傍らで、日野は呻くように低く呟いた。坂上も同じ思いだった。

「誰がっ……てめぇの思い通りになるかよ!」

 新堂の拳が、硬いコンクリートの壁に叩きつけられる。ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。憤怒と呪詛を込め、何度も何度も。こっから出たら、真っ先に殺してやる……。

「し、新堂さん!もうやめてください!血が出てますよ!」

 壁に赤黒い染みが広がるのを見咎め、坂上は青い顔で新堂に駆け寄った。スラックスのポケットから取り出したハンカチで傷口を押さえ、しっかり結びつける。
 
「わりぃ……洗って返すな」
「いいですよ、気にしないでください」

 そんなやりとりを、互いに苦々しい思いで交わした。洗って返す──本当にそんな日が来るのだろうか?

「みなさん、諦めるのはまだ早いですよ」

 何やら思案してずっと黙りこんでいた福沢が、唐突に手をあげて周囲の注目を促した。

「要するにここから出ちゃえば、殺し合う必要なんかないんですから!」

 場違いなほど明朗な口調に、語り部たちは訝しげな表情を隠さない。

「それができれば、はじめからしているわ」
「どうやって出るんだい?」
「唯一の出入り口であるドアには鍵がかかっていますが……まさか、ピッキングでもするつもりですか?」

 岩下、風間、荒井が順に口を開くと、福沢はにっこり笑って自分の頭に手をやった。髪を留めていた細いヘアピンをスッと抜き、見せつけるように前につき出す。

「荒井さん、正解です!これで鍵を開けちゃいます」
「そんなこと、できんのかよ?」

 新堂は疑わしげな視線を福沢に向けた。しかし彼女は得意満面に言い放つ。

「もちろん!うちの鍵なら何度もこれで開けたり掛けたりしてますし、その気になれば夜の学校にだって侵入できますよ」

 威張って言うことだろうか。坂上はそう思ったが、今の状況ではそれすら頼もしく感じられ、ただ苦笑するだけにとどめた。

「じゃあ福沢、やってみてくれ」
「言われなくてもやりますよ!ちょっと待っててくださいね!すぐ終わりますから!」

 福沢は自信満々にそう言うとドアに駆け寄り、早速ピッキングに取り掛かった。しばらくはカチャカチャという音だけが響く。その間、誰も言葉を発することなく、鍵と格闘する福沢の背中を見守っていた。

「よし、開いた!」
 
 やがてカチャンと音がして、福沢が立ち上がった。ピンを床に置いて、勢いよくドアノブを回す。

 ガツッ!ガツッ!
 
「あ、あれ?……あれぇっ?なんでっ?開いてない!?」

 淡い期待は砕けた。福沢は青ざめた顔で振り返り、助けを求めるようにこちらを見る。坂上の目の前で、荒井が溜め息を吐いた。

「ピンを貸してください。僕がやってみましょう」

 福沢は泣きそうな表情でピンを荒井に手渡し、場所を譲った。荒井は受け取ったピンを少し弄ってから、慎重に鍵穴に挿入する。慣れた手つきだった。時折ピンを取り出して変形させては、また挿入する作業を繰り返す。しばらくして、カチャンと音がした。開いたという手応えを感じたらしい荒井は、ピンを引き抜いてノブを回す。しかし、回りきらない。

「……ダメですね。どうやらこの鍵は多重構造になっているようです」
「たじゅうこうぞう?」
「種類の違う鍵が何重にも掛けられています。手順通りに正しく開けなければこの扉は開きません」

「それは、何をどうやっても、内側からは開けられない、ということか?」

 日野の問いかけが、思いの外大きく響いた。荒井はゆっくりと腰をあげ、日野に目線を合わせる。そして、躊躇いなく頷いた。

「……そんなぁ……!!」

 一縷の希望さえ絶たれて、細田は力が抜けたように膝から座り込んだ。風間は納得できないとばかりに唇を噛んで、閉ざされた扉の前に駆け寄る。

「誰か!誰か近くにいないかい!?助けてくれよ!!閉じ込められているんだ!!」

 大声で叫びながらガンガンと扉を叩くその背中を、坂上は悄然と見つめた。他の六人も、わかっている。近くに人が来るような場所なら、誰も此処に八人を閉じ込めたりはしない。

 誰も来ないことを悟ると、風間は力無く項垂れて戻ってきた。彼が壁に背を預け座り込んだところで、日野はおもむろに口を開いた。

「まず、食料と水を分けよう。空いたダンボールはトイレにする」

 それは感情を抑えた、冷静な声だった。坂上の耳には残酷に響く。これが絆の深い仲間同士ならば、必死に励まし合って脱出する方法を話し合い模索するのかもしれない。けれども此処にいるのは、坂上にとって初対面の者ばかりだ。彼らにしても、日野の知人であるという以外の繋がりはないだろう。それでも追い詰められた者同士、なんとか知恵を出しあってこの危機を乗り越えたい。しかし坂上以外の者は誰も、同じようには考えていないように見えた。
 日野がダンボールから取り出した食料は、一人分に換算しても三日間しのげるかどうかという量しかなかった。それを八人で分けるのだから、まともに食べれば半日で底をつく。生き延びようと思うなら、少しずつ消費していくか──他の者の分を、奪うしかない。
 怪談を語るときの口ぶりから、坂上は語り部たちに対して恐怖を抱いていた。彼らなら、他の全員を殺してでも、生き延びようとするのではないか──坂上はそんな疑念から、彼らの表情を盗み見た。日野から渡された食料を受けとる彼らの表情に、特別な変化は見られない。逆に言えば何を考えているのか読み取れない分、かえって不気味だった。

「坂上、ほら」
「あ、ありがとうございます……」
作品名:美しい喜劇 作家名:_ 消