雪のつぶて15
「お泊りですか」
「泊まりで」
目の前にあったパソコンの画面に顔をつけ、八千円の部屋なら空いていると告げられた。食事がつくわけでもないその金額には呆れたが、今更ほかを探す気にもなれず、カード式のルームキーを受け取った。
部屋は十階にあり、景色だけはよく見えて、町のネオンが眼下で瞬いているが、内装は酷い有様だった。壁紙の一部が捲れ、どことなくかび臭く湿っぽい。エアコンがつけられていた様子もなく、部屋の中は吐き出す息まで凍りついてしまいそうなほど寒い。おまけにユニットバスは何故こうなってしまうのかわからないが、水浸しになっていた。仕上げはベッドのスプリング。座り込んだ尻を跳ね返すこともできないほど、固かった。
途中のコンビニで買ってきたバーボンのミニボトルに直接唇を当てた。一口だけ飲み、バーボンの熱さが体に広がっていくのを感じてから、ネクタイだけを外し、残りを一息に飲み干していく。途中でむせて、吐き出された液体が白いワイシャツに茶色のシミをつくった。空になったボトルを床に投げ出し、冷え切ったベッドにもぐり込んだ。目を瞑ったが眠りは遠く。風に飛ばされる雪が、安いホテルのガラス窓を叩く音ばかりが気になった。普段なら何も感じないエアコンの音や風の音が耳について、固くてスプリングもろくにきいていないベッドの上で何度も寝返りを打つ。もっと酒を買ってくればよかったと、すでに後悔が始まっている。
壁際を向いて、縮こまった体を丸めて抱きしめる。体の芯が疼いていた。両腕で体を抱きしめると全身が脈打っているのがわかる。そのくせ体の奥底から同時にやってくる寒さは絶え間なく、どこかに飛んでいく様子はない。目を固く瞑り、頭から布団を被る。それでも音は途絶えない。耳の奥底に張り付いてしまったかのように。真美の言葉も消えていかない。
なんとかしてよ、助けてよ。
雪が風に飛ばされて、唸るような、真美の声。
沙織の泣き声を思い出そうとした。けれど一番聞きたい声は、一番遠い場所にあるようで、代わりに由美子の声が聞こえてきた。
お義兄さん。
由美子は笑っていた。
何故、あの子はいつも笑っているのだろう。その半分でもいい、真美に笑っていて欲しいと思った。
風が、一晩中、雪を伴って窓を叩いていた。