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雪のつぶて12

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国道沿いにあるレンタルビデオ屋の青い看板に引き寄せられた。真美のおかげで、ここ一年ばかり映画というものにもご無沙汰になっていた。十台分しか用意されていない駐車場は、端っこにある狭いところだけが空いている。左側がブロック塀になっていた。ぎりぎりまで車体をつけて駐車すると、若いカップルが車に乗り込むところだった。後五分待っていればよかったのか。思わず、舌を打っていた。それは真美が一番嫌いな動作だった。
 夜の十時を過ぎたと言うのに、レンタルビデオ屋はやけに混んでいた。学生かばんをぶら下げた連中が、高笑いをして忠彦の横を過ぎていく。理由はカウンターにぶらさがっていたポスターでわかった。
 半額セール中、新作もどうぞ。
 派手な黄色の紙に真っ赤なゴシック体で書かれた文字は、強すぎるエアコンの風に煽られてばたばたと音をたてていた。
半年前に公開された映画のビデオを手にしてカウンターに並ぶ。忠彦の前で近所に住んでいるらしい主婦が、若い店員を相手に長話しをしていた。忠彦が後ろに並んでいることに気付いているのだろうが、主婦は一向にかまわず、マシンガンのように話し続けている。 それでねー、うちのばか旦那がさあ。
 身振り手振りを添えながら、大口を開けて夫の悪口を言っている。店員は慣れているのか、適当な相槌を打っていた。主婦はともかく、店員は早く話しを切り上げればいいのに、いつまでも付き合ってやっている。
 全く給料は安いのに、言うことだけは立派なんだから。だからね、頭きちゃったから、家を飛び出してきたの。でも行くとこがなくてさ。実家は遠いし。辿り着いたとこがここなわけ。情けない話しよねえ。
 丸々と太った主婦の肉付きのいい背中が、ゼリーみたいに揺れている。
  口元の皺を奇妙に歪ませて忠彦が笑うと、ポケットに入れたままの携帯から軽快な音楽が流れ始める。携帯電話には真美の実家の番号が表示されていた。 
 しゃべり続ける主婦が首を捻り、忠彦をじろりと睨む。
 着信音が気になるらしい。その瞳が、早く出なさいよ、とせっついている。
 自分勝手な人間だ。着信音よりも、おまえの声のほうが、大きいんだよ。
 言い返してやりたい気持ちをこらえて、携帯を耳に当てた。
 携帯の向こうから聞こえてきた声は、真美のものではなく、彼女の母親だった。
 鼻の頭を二本の指でつまみながら、主婦に背中を向けた。
『真美が、帰ってきてるのよ。あなた、迎えに来てやって頂戴な。わたし達もいろいろ話しが聞きたいし。このままじゃ、真美もあんまり可哀相だから。もう仕事終わったんでしょ? すぐに来て頂戴』
 有無を言わせずに切れた携帯電話をポケットに入れ込んでから、持っていたビデオを棚に戻すために歩き出した。主婦のおしゃべりはまだ続いている。
 もういい加減にして欲しいのよねー。
 リノリウムの床を蹴飛ばした。
 駐車場にとめてある車に乗り込むと、目の前をカウンターの前で話しこんでいた主婦が歩いていた。
 主婦の歩く姿と、真美の姿が重なっていく。
作品名:雪のつぶて12 作家名:李 周子