雪のつぶて12
夜の十時を過ぎたと言うのに、レンタルビデオ屋はやけに混んでいた。学生かばんをぶら下げた連中が、高笑いをして忠彦の横を過ぎていく。理由はカウンターにぶらさがっていたポスターでわかった。
半額セール中、新作もどうぞ。
派手な黄色の紙に真っ赤なゴシック体で書かれた文字は、強すぎるエアコンの風に煽られてばたばたと音をたてていた。
半年前に公開された映画のビデオを手にしてカウンターに並ぶ。忠彦の前で近所に住んでいるらしい主婦が、若い店員を相手に長話しをしていた。忠彦が後ろに並んでいることに気付いているのだろうが、主婦は一向にかまわず、マシンガンのように話し続けている。 それでねー、うちのばか旦那がさあ。
身振り手振りを添えながら、大口を開けて夫の悪口を言っている。店員は慣れているのか、適当な相槌を打っていた。主婦はともかく、店員は早く話しを切り上げればいいのに、いつまでも付き合ってやっている。
全く給料は安いのに、言うことだけは立派なんだから。だからね、頭きちゃったから、家を飛び出してきたの。でも行くとこがなくてさ。実家は遠いし。辿り着いたとこがここなわけ。情けない話しよねえ。
丸々と太った主婦の肉付きのいい背中が、ゼリーみたいに揺れている。
口元の皺を奇妙に歪ませて忠彦が笑うと、ポケットに入れたままの携帯から軽快な音楽が流れ始める。携帯電話には真美の実家の番号が表示されていた。
しゃべり続ける主婦が首を捻り、忠彦をじろりと睨む。
着信音が気になるらしい。その瞳が、早く出なさいよ、とせっついている。
自分勝手な人間だ。着信音よりも、おまえの声のほうが、大きいんだよ。
言い返してやりたい気持ちをこらえて、携帯を耳に当てた。
携帯の向こうから聞こえてきた声は、真美のものではなく、彼女の母親だった。
鼻の頭を二本の指でつまみながら、主婦に背中を向けた。
『真美が、帰ってきてるのよ。あなた、迎えに来てやって頂戴な。わたし達もいろいろ話しが聞きたいし。このままじゃ、真美もあんまり可哀相だから。もう仕事終わったんでしょ? すぐに来て頂戴』
有無を言わせずに切れた携帯電話をポケットに入れ込んでから、持っていたビデオを棚に戻すために歩き出した。主婦のおしゃべりはまだ続いている。
もういい加減にして欲しいのよねー。
リノリウムの床を蹴飛ばした。
駐車場にとめてある車に乗り込むと、目の前をカウンターの前で話しこんでいた主婦が歩いていた。
主婦の歩く姿と、真美の姿が重なっていく。