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巨人の影を恐れる

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 歴史は巨人のようだ。

 その姿は目に映らないけれど、誰もがその影を知っている。その国の成り立ちから、どんな戦と傷を持ち、時代毎のネイションを永らえさせてきたかということまでを 人は歴史に頼まれもしないのに語り継ぐ。

 いや、別に歴史を探究する人たちのことを批判しようって訳じゃないんだ。歴史のなかには、時間の厚いヴェールに隠された『真実』が眠っている。

 私たちがそれをほじくり返そうとして逆に傷つけたり、勘違いを世紀の大発見といって喜んだり、去年の教科書の内容が今嘘つきになっているとしても、100年前の今日も確かに時間は動いていたはずなんだ。だから私たちにそれを確認する術が全く残されていないとしても、百年前の一瞬にあったことを知りたいと願う人たちをどうして批判できるだろう。いや、むしろ私は憧れてしまうくらいだ。永遠に確認できないものを追いかけ続ける。本体の外堀を埋めることで、そのかたちを知ろうとする。まるで、永遠の暗がりの中ででも必死に、手にもつ冠を石膏で固めてかたちを写し取ろうとするかのように。冠をもって太陽の下に出ることが叶わなくても、なんとかしてその美しい姿を知りたいと。こういうのをロマンって言うんじゃないのかな?

 ただ、歴史はあまりに背が高くて、私には恐ろしすぎる。誰の目にも届くその威光が気持ち悪くて、耐え難い。歴史学者が探求心をもって歴史を知るなら構いはしない。でも、どうして誰も彼も、歴史については まるで彼らの親兄弟を語るときみたいに饒舌になるんだろう?君が存在しなかったときのことじゃないか。永遠に本当かどうか確認できないことじゃないか。学校が押しつけた知識じゃあないか。

 不確かなものをそのままに、自分の身に染みこませて、巨人は今日も君の視界をちらついているんだろう。まるで消えず離れずぴったり寄り添う他人の影のように。

 ああ、誰か私に教えてほしい。なぜそれに耐えられるのか?

 そんな信頼の大安売り、私には荷が勝ちすぎてしまって

 でも、身近な人たちはそれを当たり前と思っているようで。

 辛い。その齟齬に擦られて、赤くなって荒れて、私の右肩がじんじんと痛み出す。
作品名:巨人の影を恐れる 作家名:速水湯子