雪のつぶて6
お酒臭いったらないわ。スーツ着たまんまで寝ちゃうし。朝は和食にしたわよ。そのほうが胃の中に入るでしょ。
乱暴に味噌汁の入ったお椀を差し出された。わかめが側面にへばりついている。
酒が残っていて、胃の底が重かった。それでもまだなんとか修復できたらと、試行錯誤していた頃だった。それに熱い味噌汁は、実のところ一番体が欲していたものでもある。
ごめんよ。なかなか帰るって言えなかったんだ。
わかってるわよ、そんなこと。どうせ柿崎さんにもでも捕まっちゃったんでしょ。早く食べちゃってよ。
白い御飯に、味噌汁をかけて咽に流し込んだ。重苦しい胃の中が、洗浄されていくように軽くなっていく。
唇の先を尖らせながら、真美は家事をこなしていく。まだなんとなしに夫婦関係も家事もできていた頃。少しばかりの愛情も確かに残っていて、かろうじて夫婦の会話が成立していた。
職場に車を置き去りにしてきたことに気付いたのは、それからすぐのことだった。空っぽの駐車場を見て、昨夜のことが幽かに蘇ってくる。行き先だけを告げて、タクシーで眠り込み、アパートの前で叩き起こされた。運転手は迷惑そうな色合いを隠さず、金を受け取った。孔雀はどうだったか思い出そうとしたが、そこだけは霞がかかっていた。
酒が抜けきらない身体で職場に出て行くと、待っていたのは、朝早くからの電話だった。
もしもし、昨夜はご馳走様。
そう言われて、財布をまさぐっていた。残っていた札が少なくなっている。
あ、いや。よくわかったね。職場の電話番号。
いやねえ、あなた、わたしに名刺をくれたのよ。忘れちゃったのね。おかしな人。まあ、いいわ。昨夜はおごって貰ったし、楽しかったし。また時間があったら、行きましょ。今度はわたしがご馳走するから。じゃ、またね。朝からごめんなさい。
受話器を置いてから財布を取り出した。一万円札がなくなっていたのは、一枚。あの程度の店だからこれほどの散在で済んだのか。残っていた札を取り出すと、黄色の紙が間から一枚、蝶のように舞いながら床に落ちていく。拾い上げたのは、パソコンでつくった手作りの名刺。
桑野沙織。
フルネームと携帯のメールアドレスのほかに、くまのプーさんが、風船を持って飛んでいた。名前も聞かずに、誰かとあんなに飲んだのは初めてだった。