雪のつぶて5
沙織が借りているマンションの脇に車を止めると、酒だけを抱きしめて、エントランスに駆け込んでいく。風に吹かれた雪がつぶてに変わり、忠彦の頬を叩いた。
人気のないエントランスで酒を抱きしめながら、沙織の部屋の番号を押した。
『遅い』
不機嫌な沙織の声が、届く。
「とにかく開けてくれ。寒くてかなわない」
車の中で暖められた体は、わずかの間に冷え切ってしまっている。風の刃が体の奥底まで切裂いて、後から後から寒さがやってくる。
返答のないままガラス戸は開き、一階に止まっていたエレベーターに乗り込んでいく。
エレベーターにぴたりと背中を押付けて、腕の中でずるりと落ちそうになる酒を抱えなおした。白いビニール袋は、何度も忠彦の腕の中から逃げ出そうと試みる。うなぎと格闘している気分になりながら、沙織の部屋の玄関に体を滑り込ませた。
「遅い。電話がかかってきてから、何時間過ぎたと思ってるのよ。頼んだもの、ちゃんと買ってきてくれたの。うち、お酒が一滴もないんだから」
すでにパジャマに着替え、肩にタオルをかけた沙織が、仁王立ちで待っていた。化粧は落とされ、髪の先からしずくが滴り落ちている。しずくはあっという間にタオルに吸収され、ブルーの色合いを深くしていく。
酒を抱きしめた格好で肩の雪を払っている忠彦を、威嚇するような瞳で沙織は見据えている。この瞳の強さが一番の魅力。瞳の中。どうやっても化粧をすることができない場所。沙織の魔力が宿っている。
「遅くなるって言っただろ」
何もないリビングの隅に、忠彦は酒の袋を置いた。テーブルも椅子も食器棚も何一つとして設置されていない十畳もあるリビングは、今日も寒々しい。リビングだけではない。隣の和室もまた同様でテレビとCDプレーヤー、ドレッサーがわりの鏡のついたベンチチェスト、それだけ。
和室の真ん中にどっかりと腰を降ろした忠彦は、四つん這いになってテレビのチャンネルを探っていく。
「なあ、由美ちゃん、どうかなあ、がんばってるみたい?」
沙織も同じ病院に勤めている。由美子とは立場が違う。沙織は免許を持つ看護婦として。