雪のつぶて1
鉄でできた重たい非常口のドアに手を置くと同時に、背中を押され、前につんのめり、額を鉄のドアに打ち付けていた。どん、と鈍い音と同時に、忠彦は熱を持ち始めた額を手の平で撫でた。
「どんくさー」
からからと笑う声が、後ろから響いた。首を捻じると、由美子が立っていた。頬が上気し、桜色に染まっていて、息があがっていた。
「随分なご挨拶だなー」
額をさすりながら、忠彦は笑った。
「姿を見かけたから、追いかけてきたのよ。お義兄さん、わたしが歩いてるの知ってて、シカトしたでしょ。冷たいわ」
両肩を持ち上げて、忠彦の腕をどんと叩く。
「気を使ったんだよ。資格試験、もうじきなんだろ」
「うん」
「合格できそうかい」
「合格しないと許されないの。家にも帰れなくなっちゃうわ」
「家になんか帰ってないくせに」
節くれた指で、由美子の額をはじく。首をのけぞらせながら、由美子はけらけらと笑った。由美子の回りはいつも笑みが耐えない。この半分でいい、真美が笑ってくれたらどんなにいいだろう。自分の意思とは無関係に、皺の寄った唇からため息が漏れた。
「お姉ちゃんとあんまりうまくいってないの」
腰をかがませた由美子が、下から覗き込んでくる。病院には不釣合いの、あまったるいにおいがした。
「そんなことないよ」
「そか、よかった」
「おれ達のことはいいからさ、資格試験、がんばれよ」
「おうっ。がんばりますっ」
おどけて敬礼した由美子は、手を振って仕事へと戻っていった。離れていく由美子を見送ってから、非常口のドアを押していく。鈍い音をたてて開いたドアの先では、真っ白な世界が待っていた。駐車場では忠彦も知っているパソコン業者の車が止まっている。白いワゴンの車体には、ローマ字で会社の名前が書かれ、中にはダンボールが積まれていた。
肌を突き刺してくる冷たさに耐えながら、新鮮な雪の上に足をのせると、半年前に会った由美子の明るさがまざまざと蘇ってきた。