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ミムロ コトナリ
ミムロ コトナリ
novelistID. 12426
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マジェスティック・ガールEp:1 まとめ

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2.



 こんなに穏やかな気持ちで眠ったのは、本当に久しぶりかもしれない。
 鼓膜を叩く、水がさざめき、たゆたう音。
 羽毛の中に包まれているような、柔らかな暖かさ。
 とても優しい時間だった。人生の全ての時間が、こんな風に優しく穏やかであれば、なんと素晴らしいことだろう。
 現実の時間は、荒波のように激しく、多くの人々の雑多な足音と喧騒が途絶えることがない。世界は人の分だけ余分にスペ―スが取られ、他人に遠慮して自由に動くことさえままならない。とても、窮屈な時間だ。
 ここでは全てが自由で、全てが優しい。眠りの世界の優しさは、花の蜜のような甘さと、疲れた体と心を一つどころに繋ぎとめようとする、抗いがたい魅惑の力を持っている。
 それでも、いつかは眠りから覚める時がやって来る。
『このままではイケナイ』と――。
『いい加減に切り上げて、行動を起こせ、体を動かせ』と警鐘を鳴らす
まっことうるさい奴。
 その正体は、『時間』。
 人の時間は、一日の中において習慣とスケジュ―ルをこなす為の予定でびっしりと埋まっている。それは、なぜかと言えば生きるため。つまりは、『生活』をするため。
 食事、排泄、運動、勉強、仕事、入浴、睡眠。それらをこなす為に、起きなくてはならないのだ。
 14歳のいたいけな少女であるミミリ・N・フリ―ジアにも当然、優しい眠りの時間と決別して、習慣とスケジュ―ルをこなし、『生活』をする為に一日を始めなければならない時がやってくる。

 ――どこからか声が聞こえた。
「――…。――」

          時間だ。さぁ、目を覚ませ。

      一日が始まるぞ、『生活』の時間だ。
  辛く不幸まみれの現実だろうと、体を維持し生きるためにやるべき事をやるのだ。
 
       さぁ、さぁ、さぁ(Hurry,hurry,hurry!)
 
 ――ほんの一瞬だけ、朧気に。
それは、――…のよく知る――
 「――。」
(叔父様…?でも……ちが…)

          起きるんだ(Wake up!)

 ―――目が覚めた。
 背中の弾力ある感触から、ビ―チ用のリクライニングチェアの座上にいると言うことがわかった。
 ミミリは、チェアに横たわったまま、寝覚め冴え渡らない目で、辺りを見回してみた。
 そこは、プ―ルサイドだった。夢のなかで水のたゆたう音が聞こえたのは、そのせいだったのかもしれない。
 プ―ルを隔てた向こう岸には、お城のようにでかい、白亜の邸宅があった。その庭口の巨大なテラス窓が、大きな口を開けている。
 次に、自分の体に目を這わせた。ワンピ―スの淡いピンク色の水着を着ている。誰がどうやって、自分に着せ付けたのだろうか。
 いいや、そんなことより。どうやって自分は宇宙の真っ只中から、重力の働く”地に足の着く場所”へとやって来れたのだろう。そちらの方が、とても気になった。
 思い出そうとしてみたが、どうにもその前後の記憶だけが空白のようにスッポリと頭から抜け落ちている。
「お。目を覚ましたようだな、嬢ちゃん」
 背後からの声に気がついて、ミミリは振り返った。
 透過型遮光バイザ―をかけた、ぼさぼさの金髪碧眼の青年が視界に入った。彼は、裸体の上半身に黒いパ―カ―を羽織り、南国調柄のトランクスパンツを履いている。どことなく、そう――例えるなら、不良っぽいアウトローなビジュアルの青年だった。
 少し怖そうな人だとミミリは思ったが、自分を見つめる青年の目からは、慈しむような穏やかさと優しさが、ほんのりとにじみ出ている。なんというか、底知れず曖昧(アナログ)で、とことん人間味のありそうな人だと直感できた。
「おい、凛。嬢ちゃんが目を覚ましたぞ!」
「そう大声を出すな。聞こえている、ヒューケイン」
 不良青年――ヒューケインに呼ばれて、ミミリの視界の中に入ってきたのは
燃えるような緋色の、ウェ―ブがかった長い髪を持つ少女だった。その体から発している気は”凛然”として、堅くて隙がない。言うなら、物事を0(無し)と1(有り)のみでデジタルに判別していそうで、どこか機械的な冷淡さを感じる。
 人間味あるヒューケインがアナログであるなら、凛は機械的なデジタルの属性。全く正反対の性質を持つ対照的な二人と言えた。
 凛と言うらしいその少女は、バストからお腹のラインと肌がはだけて見える大胆なデザインの水着を身につけている。どちらかというとその体つきは『少女』と言うより、『女性』と言ったほうが似つかわしい。成熟された体だ。
 二人の外見と成育の度合いから察するに、彼らは少なくとも自分より幾らか年上なのだろうとミミリは推察する。事実、そうだった。
「失礼する」と言って、凛はミミリの顎を掬い上げた。次に、左手で眼瞼を開け、反対の手に持ったペンライトのようなもので瞳孔を照らし。
「口を開けて」続いて口内を確認した。
 最後に、その細長い靭やかな指で、ミミリの体をそこかしこと触って回り。
「うん、異常はないようだな」と言って、触診をし終えた。
「不躾を許して欲しい。挨拶が遅れた。私は、凛・A(アキレア)・アルストロメリア。後期二年生だ。士官生でありながら、プランタリアで教練指導官をやらせてもらっている。で、こっちのヤンキ―が…」
「誰がヤンキ―だよ、この『早熟ババァ少女』。俺は、ヒューケイン・D(ダリア)・プラタナス。凛とは、同じ遺伝子を持つ同位体の異性タイプという間柄さ。いわば、『姉弟』だね。とても双子には見えないだろう?あ、ちなみに凛とは同い年な」
 視界の外で『早熟ババァ少女』と言われて、むっと顔をしかめている凛はさておき。
 ミミリには、この二人がマジェスターであるということが本能的に理解できた。
 加えて、ファミリ―ネ―ムにマジェスター属性識別コ―ドの役割を持つ、草花の名前を冠しているのもその理由の一つであった。
(あれ?この二人ってもしかして…)
 ミミリは、思い出した。つい、一ヶ月前。とあるコロニ―の街頭ビジョンに映る二人の姿を…。そして、二人が何者であるかを。
 ――プランタリアの士官学生でありながら、軍にのみ配備されている<アクエリアス>の装着を、学園長とコロニ―の最高責任者である管理事務次官に許可された、十人のマジェスター達。通称<リミテッドテン>――この二人がそのメンバ―だと言う事を。
 彼らリミテッドテンこそ、プランタリアを守る<英雄>。
 その活躍は、学園の案内資料や政府広報はおろか、新聞雑誌ネット問わず、各種メディア媒体で取り上げられるほど有名だ。
 だとすると、自分は今とんでもない雲の上の人達と話しをしているのでは――…。
 夢のような、信じられない事だった。
 ミミリは、光が三畳間の個室を満たすのにかかる時間ほど呆気に取られてから、おずおずと口を開いた。
「…あ、こちこそお世話になりまして。ミミリ・N・フリ―ジアです。あのぅ、所でここは、どこなんでしょうか」
 それを聞いて、ヒューケインが突然、高笑いをした。
「…ァハハッ。どこかだって?決まってるだろ」と、一泊置いて。
「プランタリアさ。ようこそお帰り我らが同胞、ミミリ・N・フリ―ジアさん」