水葬
「いいね、流すよ」
「うん」
少女が息を飲む。京一の両手にぶら下がる透明なポリ袋のなか、くの字になった死体を見つめながら。
足首より少し上までを流れに晒した京一が、目の前の川底が遠く見える場所に袋を下ろす。額から流れ出ていた汗が数滴、川面に落ちて小さな輪を描いた。
先程よりさらに傾いた陽射しに押されるように、結び目のまわりがパンと張ったポリ袋は徐々に動き始めた。時おり浅瀬で止まり、また流れ出すということを何度か繰り返すうちに、橋の下をくぐる頃にはしっかりと深みを進んでいた。
「あまり、見えないですねあのコの姿」
少女のつぶやきは、ちょっとだけ京一を責めているようだった。
「ごめんね。やっぱりああいう袋に入ってると中身はほとんど水面下になっちゃうよね」
京一は申し訳なさそうに頭を掻きながら、やはり時間をかけてでも、木の板か発泡スチロールの箱のようなものを探すべきだったのではないかと後悔した。
堤防の向こうから、どこかの学校のチャイムが聞こえてくる。それが鳴り終わると、再び二人の周囲は川のせせらぎの音で満たされた。
「でも、あれならあのコ、あんまり濡れないですよね。だから、きっとこれでよかったんです」
少女は、いまや街の風景に溶けようとしている袋を目で追いながら、わずかに目もとを緩ませた。
「それじゃあ、気をつけて帰るんだよ」
最初に少女とぶつかった堤防沿いの道に戻ると、京一は手を振った。
「はい。いろいろとありがとうございました」
少女はちょこっと首を傾げ、ランドセルを揺すった。そしてタッタと歩き出し、堤防を横切る道を左に折れて行く。
同じ道を京一が右折して橋を渡りかけた瞬間、背中で声がした。
「そのコ、ずっとかわいがってあげてくださいね」
振り返った京一の右腕の辺りを、少女は微笑みながら指さした。そこにあるのは、革の学生鞄と大きな布の鞄だ。
「“そのコ”って……?」
「その黒い鞄の横にいるじゃないですか」
少女がクスクスと笑う。京一は学生鞄に目を向けた。すると、プラスチック製の子猫のキーホルダーが勢いよく揺れているのに気がついた。持ち主でさえその存在をすっかり忘れていたものだった。
「ああ、これね。そういえばさっきの猫と同じ模様だね」
「でしょ。そのコを見て、あのコとお別れするのを手伝ってもらおうって思ったんですよ。本当にいつまでも大事にしてあげてくださいね」
少女はほんの一瞬だけ満面の笑みを浮かべた後、踵を返して歩き始めた。京一は、そのしっかりとした足取りと、道に投げかけられて揺れる濃く長い影とを、いつまでも見守っていた。