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15年先の君へ

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その9




旅行など中学の修学旅行以来だった俺は、バッグに三日間の荷物を詰めながらどこか浮き足立っている自分に気付いていた。そういった学校行事や家族旅行を除けば、誰かと出かけることはもしかしたら初めてかもしれなかった。
親にはまさかサボりだとは言えず、週末の小テストのため、新羅の家で泊まりこみで勉強会をするという名目でなんとか話をつけた。学校の方には、新羅に風邪で三日間休むと伝えておいた。どちらも我ながら苦しい言い訳で、家を出る直前、幽に頑張ってと言われたときは、仕方がないとは言え嘘をついたことに少なからず罪悪感を感じたりもした。
だがこれを逃したらいつあいつに会えるかわからない。他のどんな日にどんな目にあっても構わない。ただこの三日間だけは、どうか見逃して欲しかった。
朝の通学路から逸れた俺は、途中で目立つ制服から私服に着替え、言われた通りの駅に着いた。
ホームに降りると、電話が鳴った。臨也からで、次に来る電車に乗ったらどこで降りる、と指示が来た。始まったなと、俺は気合いを入れなおす。
半日は移動で潰すけどいい?と訊いてきたこの間のあいつの声を思い出す。どうやら折原臨也の目を眩ますため、かなり回りくどい道を通るらしい。風邪とは言え無断で三日も行方を眩ます俺を、臨也がおかしいと思わないはずがない。そのため、足がつかないようにいろんな路線を乗り換えるらしい。情報には情報だよ、と電話口で笑う声を覚えている。少なすぎるのも考え物だが、情報過多なのもまた処理が面倒なのだそうだ。
俺にはそんな難しいことはわからないので、ただ言われた通りに動くしかない。
初めはただ東京中をぐるぐる回っていただけのように思えた。路線を変え、私鉄やメトロを使い乗り継ぎを繰り返す。ただ電車に揺られているだけのそれだったが、聞きなれない地名に変わり、人数が少なくなり、景色すら見慣れないものに変わっていたのは、もう昼をだいぶ過ぎた頃だった。
気が付けば俺は一両編成の全く知らない電車に乗っていた。車窓の景色はさっきから緑ばかりで、周りを見渡してもおばあちゃんがひとり、ボックスシートで瞳を閉じているだけだ。
カンカンカンと、外で踏み切りの警報が通り過ぎる。臨也から言われた降りる駅名を忘れないように頭の中で繰り返しているのだが、さっきからその名前が車掌から告げられることはない。

(…間違ってねぇ、よな?)

少し不安になった俺は、そろりと後ろの窓を振り返った。時速60キロで過ぎる景色の中、緑の切れ目でキラリと光るものを見た。
なんだと思うと同時に、一瞬でまた木々に覆われる。気になって眺めていると、今度こそ開けた場所に出た。
海だ。
先ほどの光は、太陽の反射だった。周りに何もない、人の姿すら見当たらない砂浜が、そこにあった。ここがどこか見当もつかないが、どうやら海岸沿いであるらしい。
と、不意に車内に響いたアナウンスが俺の意識を引き戻した。告げられる駅名は、俺が忘れまいと焼き付けたそれと同じだった。
荷物を手に立ち上がると、ブレーキがかかり電車は緩やかに速度を落としていく。
臨也はこれが最後だと言っていた。恐らくここが、この長旅の終点だ。
ペラペラの切符を車掌に手渡すと、俺は高く積まれたホームしかないホームに降り立った。駅舎もなければ、人の姿もない。遠くには山が見え、目の前には田んぼがあった。
絵に描いたような田舎だ。プシュウと扉が閉まる音がして、背後で電車が次の駅を目指すべく動き出す。
つられる様に振り向いた。乗客と車掌のふたりを乗せた電車が過ぎ去ると、そこにはさきほど見えた海が大きく広がっていた。
風に潮の匂いが混じっている。耳を澄ませば、ざぶんと押し寄せる波の音まで聞こえた。

(海…)

海に来るのは、何も初めてではない。家族と何度か足を運んだ覚えがある。
だがそれはどれも公園や整備されたビーチであり、こうやって何の手も加えられていない、自然のままの砂浜を見るのは、初めてだった。

「お疲れ様」

不意に声をかけられ、振り返る。相変わらず真っ黒なコートを頭から被った臨也が、サングラスの奥で瞳を細めてた。

「よく迷わなかったね。久しぶり、シズちゃん」

臨也、と名前を呼びたかったのに口が動かなかった。言いたいことが山ほどあったはずなのに、こいつの顔を見た途端頭が真っ白になった。
ちゃんと臨也だ。何も変わっていない、あの臨也がそこに居た。
性懲りもなく、安心する。俺は、慣れない道中の疲れがどっと押し寄せて長く重い溜息をついた。

「おやおや?どうしたのかな」
「なんか、気ィ抜けた…」
「まぁ、仕方ないね」

クスクスと笑いながら臨也が近付いてくる。電話越しじゃない声に、手を伸ばせば触れられる臨也に、何故か顔が赤くなった俺は目を合わせられなくて視線を逸らせた。
そんな俺に、ん?と何かに気付いた声を上げながら臨也が更に一歩を踏み出す。グイ、と肩を引かれ正面を向かされた。
突然の出来事に戸惑う俺に、下から見上げてきた臨也は面白くなさそうに眉を寄せていた。

「シズちゃんさぁ、デカくなってない?」
「…は?」

言われてみれば、こいつを見下ろす今の視点には違和感がある。確か前は俺よりでかくて、その所為でこいつは未来から来た折原臨也だと納得もしたのだが。
臨也はムッと口を尖らせると、掴んでいた肩からパッと手を離す。
そのままくるりと背を向けた。

「まったく。こんな短期間でどれだけ伸びんの。いくら好きだからって牛乳飲み過ぎでしょ。あーぁ、俺はやっぱり君に抜かされるんだね」

ペラペラと喋る臨也だが、何故俺が牛乳好きだと知っているのだろうか。いやそれよりも、こいつは俺の身長ごときで拗ねているのか。
そう思うと、自然と顔が綻んだ。クッと、笑い声が漏れる。

「…何笑ってんの?」
「いや、だって手前が、」
「ああもう、いいからホラ、行くよ」

そう言ってあいつは俺の手を取った。あまりに突飛な出来事に俺は全身が硬直したのだが、あいつはさして気にも留めていないようで歩いていく。
こうやって手を繋ぐのは、出会ったあの日の夜以来だ。あのときはこいつの得体が知れず、隙あらばぶん殴ってやろうとそれに甘んじていたのだが、今ではもういろいろなものが変わってしまっていた。
手のひらから伝わる臨也の体温に、わけもなく鼓動が早くなる。怖くないのだろうか。俺の手のひらは、このまま力を込めれば骨を粉々に砕くことだって出来るのだ。
触れてもいいか、なんて抱いていた疑問は、こいつがいとも簡単に壊してきた。俺は歩を進める臨也の背中を追って、思う。
たぶんこれが、こいつにとって当たり前なのだろう。だってその動きはあまりにも、自然過ぎた。
人が呼吸することに一々疑問を持たないように、俺の手を引くなんて、こいつにとってもはや当たり前のことなのだ。
どうしてか、なんて答えは知れている。未来の俺は、いつもこうやってこいつと歩いているのだろうか。
そう思うと、ほんの少し寂しくなる。お前が今手を引いているのは“俺”なんだと、口にして言いたくなった。


作品名:15年先の君へ 作家名:ハゼロ