ゴリラが襲いかかってきたんだけどどうしたらいいですか?
そう聞いてきたのは後輩の女子だった。やたらにほっぺたが赤い。真っ白肌だから血の気が見えやすいんだな。興奮してるのかしら。
「興奮してるの?」
私の問いに、「ゴリラがですか?」と怪訝に応じる。「襲ってきたんだから興奮してると思いますけど」
「いやゴリラじゃなくて」
「ゴリラ以外に人はいません。ゴリラもいません。一頭です。性別は分かりませんけど」
「なに、ほんとに君ゴリラに遭遇したの」
「そういう状況設定で」
「意味がよく分からないんだけど私がゴリラになって君を襲えばいいの?」
「はあ?」
そう言って目を細める。どんぐりみたいにころころした黒い目が作るさげすみの視線。ああ、いいなあ。
「たまらん」
「先輩はゴリラになりたいんですか?」
そんなわけないと分かっているだろうに、あえて私を馬鹿にするために気丈な声を出す。いや私がゴリラになりたいっていうか、
「君は私をゴリラにしたいの? ゴリラになってほしいの? そして辛抱たまらんとばかりにガバっと襲いかかってほしいの?」
「もう本っ当に馬鹿ですね」
彼女は立ち上がりざまに今まで膝にのせていた本を私の顔に叩きつけた。
衝撃。
「いたあい」
「気持ち悪い声出さないでください」
「……あっ……」
「なんですか?」
「ほの温かい……人肌。君肌。君温度。じんわりきてる今私の顔に君の太ももじんわりきて」
言い終える前に早足で去る音。軽いくせに不機嫌になるとパシンパシン靴底を叩きつけるように歩く。それが余計にかわいいな踏んでくれないかな。
一人でにやにやした後で、床に落ちた本を拾う。下敷きになって折れたメモも一緒に。数字を足したり引いたり、時々まっすぐな線で訂正してあったり。
書いては読み書いては読み、真剣な顔でゲームブックに取り組む姿は、今までかわいいとしか思ってなかったけど、やっぱりかわいい。かわいいよね。ゴリラに嫉妬。
本を返す時、中に挟んだメモに「君のゴリラになりたい」と書いたけど、それについて全然触れてくれる気配がない。
作品名:ゴリラが襲いかかってきたんだけどどうしたらいいですか? 作家名:やまた