クロノシーカー
ロリカ都市南東部、郊外。
昔、ユーリタと呼ばれていた貿易で栄えていた港街だ。
水位が上がり人々が住むのには問題が出てくると政府が避難の命令を出した。
おかげで綺麗に街ひとつが無人となって残っている。
いつしか水中都市として観光会社の役に立つだろう。ご苦労なこった。
ひとつの水柱が上がり、轟音。
瞬間、一つの家屋の屋根が派手に破壊される。
痛い。激烈に痛い。
肋骨の一本でも折れたかもしれない。背中が。
それでも右手の大剣は離さない。青い紋様が浮かびあがっている。背中の激痛に耐えて身を起こす。
家具一つない埃だらけの南部特有の水色基調の壁面が美しい。俺が壊した屋根の瓦礫を除けば。
とか言ってる場合じゃない。
轟、と目の前の生物が吼える。
俺が作り出した穴から首を出して忌々しい顔をこちらへ覗かせている。
体全体がその大音量と圧力で震える。
まぁ首が太くて入らないんだが。もうちょっと痩せろよ。
鱗を纏った巨体が無理矢理入り込もうとしてくる。
ばき、と木材が折れる駄目な音。
ああこの野郎、壊しやがって。貴重な文化遺産になるところを。
水竜は鱗と瞳をぎらつかせながら凶悪な鉤爪を屋根に突き立てる。
みしみしと嫌な音を立てる天井。埃が落ちてくる。
大剣アルフォスカを落とさないようにしっかりと握り締める。
俺は大剣を頭上で一薙ぎする。風を切る音と共に、無数の鋭い音。
氷青槍刃【リュ・ポー・ラ】の青い紋様が大気中に解き放たれ、氷の槍となって水竜の喉元に襲い掛かる!
恐ろしい咆哮と共に氷の刃が音の波によって叩き落される。
衝撃波となった水竜の音声撃波【ヴォ・イザラ】が家の壁の塗装を剥がし、柱を折り、全てを崩す!
そして、水竜の首から伸びる対の刃。
一本の刃は凶悪なほどに刃が枝分かれし、首の孔を広げ、傷口に刃を突き立てる。もう一本が軽く動き、首の半分を斬る。
ぐらりと首が傾き、断面が晒され俺の頭上から血の雨が降る。
「穏便って言葉を知ってるか?」
「竜相手に穏便という言葉を使えるほど君は強かった? 脆弱レベス」
俺、レベシアはそいつの容赦ない言葉に苦笑した。いつも通りだな、この野郎。
血が降り注ぐのを避けつつ、家屋の外に出る。
白レンガ造りの通りから見上げると、そいつが水竜の項に登って喉から上を斬りおとす場面だった。
「……この程度に干渉されたのか?」
「うるさい、弱すぎて油断してたんだよ、ユーク」
「へーぇ」
そいつ、ユークは黒い長髪をポニーテールにして南部の暑さを凌いでいた。その頬に血が飛ぶ。
つーか髪切れ。うざったい。
完全に斬れると、ごすん、という物凄い音と共に地が震える。
爆炎業火【バー・ニ・グルド】。
ユークの剣の一本が恐ろしい程赤く輝く。太陽を間近で見ているようだ。
それを無表情で見つめているユークの顔も赤々と照らされている。
剣を振るわれる。燐光がユークの周りに飛び散った。いや、舞い踊った。
首の断面が燃えあがる。次の瞬間から焦げ、炭化する。滴っていた血は止まっていた。
竜の鱗をユークが僅かに剥ぎ取る。
ユークが顔をしかめた。右手の刃、狂嵐モルグネを見やると、僅かに刃こぼれしている。
竜の鱗は硬い。だからこそ質のいい防具を作ったり素材屋に高く売ったりできる。
だが剥ぎ取りをする量には限度がある。だからこそ希少性があるのだ。
「水竜の鱗なんか最近貴重だぞ。お前の剣なんかどうでもいいから剥ぎ取れよ」
「無闇に死んだ相手を屠るのは好きじゃない」
無意味なプライドである。
俺は水竜の尻尾あたりの鱗をこっそり剥ぎ取る。今、絶賛超絶的金欠なのである。これくらい神様は許してくれるだろう。神なんか信じちゃいないが。
まぁそうは言っても最期の瞬間には神頼みなのだろう。そんな自分の弱さくらい知っていた。
だから自己嫌悪はもうし飽きた。自己嫌悪をするくらいなら指名手配の怪物を倒していたほうがまだ合理的だ。
「これで終わり? まだこの近くにいる?」
ユークの言葉に、俺はレーダーを取り出した。
異常はどこにもなかった。