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これでおしまい

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07: 未 だ 咲 け な い ま ま で




病室へと変化したガイの私室の窓際に置かれた、鮮やかな花。
それにナタリアはそっと触れた。花弁を滑るように撫でて、暖かな色に泣きそうに目を細めた。
この私室の主である、彼の髪の色と、帰ってこなかった彼の髪の色を持った花。(欲張りなのだろうか、と何度も思った。でも生きていてほしかったのだ、どちらとも)
その花の感触を指に残しながら、ナタリアはゆっくりと白いシーツとベットに横たわる彼を振り返る。
「ガイ。あなたに何が起きているのか、私には分からないのです」
思わず声にしてしまったことに、ナタリアは軽い溜息を吐いた。
ただの独り言は白い部屋に沁みこんでいくように消える。それでも、僅かに聞こえる寝息にナタリアはそっと微笑んで、ベット横にある椅子に優雅に腰をかけた。
声をかければ起きそうなほど、穏やかなのに。
もう彼は、6日も、目を覚まさないでいる。




ナタリアがガイを見舞ったのは、あの手紙が届いてから半年経とうとしている頃になった。
幼馴染みの命の危険。それを分かっていながら、ナタリアは国を放ってはおけなかった。
まだ、たくさんやることも残る中で、気持ちだけがただ急いていた。
そのナタリアの事情を知ってか、ジェイドが最初の手紙の後に、また手紙を寄こした。内容はやはりガイのことであったが、彼の病状の進行などを詳しく書かれたもので、あとは国を担うナタリアなどを気遣った内容だった。ナタリアはすぐに返事を書いた。
それから定期的にジェイドから手紙が届くようになった。友人としての手紙のやり取り、というより、それは事務的であったけれど、ナタリアにはとても有り難いものだった。
そうしているうちに日は過ぎて、一ヶ月前に送られてきた手紙の内容に、アッシュがナタリアに言った。顔を見に行ってこい、と。
だからこそ来た。なのに、どうしてか、ナタリアの足はガルディオス邸を目の前にして、止まった。
なにを躊躇しているの、とナタリアは自分に問いかけた。彼に会って話しをして笑うだけではありませんか。
僅かに震える脚に、ナタリアは小さく自嘲する。だけどそれを振り切るかのように一歩を踏み出して、玄関をくぐり、案内された部屋の前で、また脚が、全身が震えた。
「……ガイ?」
彼の名前はこれで合っていただろうか、と突然考えた。いや呼び方はこれでよかっただろうか、とも考えた。
震えた唇が微かに音を発するのが精一杯で、そんなナタリアを見てか、側にいたメイドが優しくナタリアの名前を呼んで、背中をゆっくりと押す。ゆっくりと一歩一歩近づいてゆくたびに、ナタリアにはベットにいる人間が知らない人のように思えた。
金の髪がゆるりと揺れて、ナタリアを見るけれど焦点は合わず、虚ろで。あんなに澄んだ色をしていた目はくすんだ色をしているように見えた。
旦那様、とメイドがゆっくりと言い聞かせるようにガイに近寄る。ナタリアの掴んでいた手を離して、ナタリアににっこりと笑ってから、お客様ですよ、とガイの肩を小さく叩いた。
「客?」
「はい。……どうぞ」
はじめて人の気配に気づいたかのようなガイの表情と、メイドの指し伸ばされた手をナタリアは戸惑いながら取る。そのまま導かれたのはガイの色の悪くなった手のひらであり、ナタリアは緊張させながらその乾いた手のひらに触れる。
ぴく、と反応したガイの手のひらに、ナタリアは恐る恐る声をかけた。
喉は渇いてしまって、音を紡ぎだせるか不安だったけれど、名前を。
「……。ガイ」
「ああ、この声は、」
ナタリア。
昔から呼ばれていた声で、呼ばれることにどうしてこんなに悲しいく感じるのか、ナタリアは突然泣きそうに顔を歪めた。
会えなかった時間の所為か、脳裏にたくさんの記憶が蘇った。
小さな頃から“彼”と一緒に居て、その大抵ガイも側に居たのを思い出す。何も知らなかった頃は、それはとてもとても甘美な日々だった。何もかもを忘れてしまった彼を嘆いた日もあったけれど、励ましてくれたのはガイだった。
彼が幼い頃を思い出すなら、やっぱりあの約束の言葉であればいいと、夢見ていた。
ガイが前のときより、彼と親しくなっていくことにただ喜んでいた。彼が笑うたび、ガイも笑った。
それが嬉しくてナタリアも笑った。
もう、何も知らなかった頃には戻れない。もう、戻らない。
「ナタリア、泣かないでくれ。俺は大丈夫だよ」
そっと伸ばされた手。
弱弱しく、ナタリアの頬に辿りついた手はとても冷たくて。頬を伝った涙に、眼の見えないガイが何故気づいたのか分からない。それでも確実にガイの手はナタリアへと伸びて、頬に触れた。
眼が見えていないなんて嘘のようだ、とナタリアは泣きながら思った。光も取り込まない彼の眼は、虚ろだけれど、晴れた空の色、澄み切った海の色をしているというのに。

(ああ、)

ナタリアは思わず目を閉じた。
ひたひたと流れている涙は、瞼を閉じることでまた一筋流れる。閉じたのに、次々と流れていく悲しみに、ナタリアは瞼の裏で、ガイの瞳が海の色でもあると知って喜んでいた小さな頃の彼の笑顔を思い出す。

(ルーク)

ガイをどうか、とナタリア祈るように思い、頬に触れるガイの冷たい手に、そっと手を重ね弱弱しく微笑んだ。


作品名:これでおしまい 作家名:水乃