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長い長い家路

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ファースト・トライ


アイランド1から100億光年の彼方。
バトルフロンティアは超超長距離フォールド作戦『アルゴナウタイ』の第1回を開始しようとした。
フォールド宇宙観測班が発見したフォールドハイウェイを利用して、バジュラ女王が緊急フォールドした航路を逆にたどろうという計画だ。
発想は単純だが大きな問題を抱えていた。
フォールドハイウェイはひどく不安定だった。
バトルフロンティアがフォールドに必要な余剰エネルギーを蓄積する半月の間、フォールド空間構造を観測し続けてきたが、なかなか安定しない。
技術陣が出した解決案は、バトルフロンティア艦内に残された次元破壊兵器ディメンション・イーターをエネルギー源とし、フォールドハイウェイを安定させる装置『スタビライザー』だった。
ただし、テストできるほどエネルギーや資源に余裕が無いため、アルゴナウタイ作戦は賭けでもあった。
「もう少しテストしたかったのですが、何しろ100億光年…手持ちのDEを全て使っても足りるかどうか」
臨時にバトルフロンティア艦長を代行しているラウル・エステファン大佐は、同じく臨時にフロンティア大統領職を代行しているウラニア・カイローア政務次官に説明した。
「惑星上で見つかった巨大なフォールドクォーツ、これをエネルギー源にできなかったのですか?」
情報省の政務次官であるカイローアには、フォールド物理学は一般的な教養程度しか知らない。
「無論、検討はしましたが、クォーツが嵌めこまれている装置が、どうやらフォールドハイウェイを安定化させているらしいのです。さすがに50万年も前、プロトカルチャー時代の遺物なので老朽化しているのですが、それでも、あれを取り外すと、ハイウェイがより不安定になると技術チームが予想しました」
「……やむを得ません。作戦の開始を許可します」
カイローアはメルトランディの出身で、決断を迫られた時の思い切りは良い。
(絶対の保証を求めない分だけ、下手な地球人出身の官僚よりは助かる)
新統合政府への批判は心の中に留め置いて、エステファン大佐は声を張り上げた。
「アルゴナウタイ、ファースト・トライ」
艦内の各所で命令が復唱され、エンジンが出力を上げた。
全長1681m、全幅521m、慣性質量1655万tの巨体が局所時空を揺るがせつつフォールド開始。

バトルフロンティアがフォールドした瞬間、早乙女アルトは他のパイロット達と同じようにパイロット待機室に居た。
自由に配置できるシートが、今はフォールド体制で固定され、シートベルトで体をシートに固定する。
この段階で何も出来ることはない。
アルトは手に携帯端末を握り締め、フォールド空間特有の自己の存在がブレるような感覚に耐えていた。

バトルフロンティア第二艦橋。
フォールド空間観測班から警報が発される。
「フォールドハイウェイ、安定指数マイナスへ!」
「スタビライザー『カリュブディス』発射用意……発射!」
砲雷長のレ・ヴァン・カイン中佐の指揮で、対艦ミサイル発射口から、大型ディメンション・イーターを改造したフォールド・ハイウェイ・スタビライザーが発射された。
続いてスタビライザー『スキュラ』が発射される。
スタビライザーはフォールドクォーツの粉末を利用し、時空間を切り取り破壊する。その際に大出力のフォールド波を発生させる。
バトルフロンティアの進路上、フォールドハイウウェイを挟み込むように厳密にタイミングを合わせてスタビライザーを爆発させることにより、大出力のフォールド波でハイウェイを強引に安定させようとする。
安定している時間は短いが、その間をバトルフロンティアは最大速力で駆け抜けようというのが事前の計画だった。
「機関出力最大」
エステファン大佐は機関長笹井譲二少佐の報告を耳にした。
「よし、航路啓開した…行けっ」
艦長席で思わず拳を握り締めた。
「スタビライザーの作り出した安定域に突入! 通過します!」
観測班の報告が聞こえた途端、バトルフロンティア全体が大きく振動した。
衝撃の大半は桁外れに大容量の慣性制御システムが吸収したが、乗員の意識と肉体を結ぶ一体感が失われた。
俗に言うアストラルプロジェクション、バトルフロンティア乗員のほとんど全員が幽体離脱状態に陥った。

パイロット待機室のアルトも、幽体離脱状態になった。
大きな衝撃の後、気がつくと自分が待機室の中空に浮かんでいるのに気づいた。
振り返ると、シートベルトで体を固定した自分自身の肉体が見えた。手に携帯端末を持ち、左耳にイヤリングを着けている。
「これは…?」
フォールド中に自分自身を肉体の外部から見るような現象は稀ではない。
ただ、ここまで離れたのは未経験だった。
フォールド空間の物理学は研究の途上にあり、未解明の部分も多い。未知の現象が原因の宇宙船遭難事故も、一定の数で発生する。
「シェリル…」
アイランド1に居るはずのシェリルを思い浮かべると、周囲の景色はがらりと変わった。

いつか夢で見た灰色の街並み。
耳を済ませば、遠くから歌声が聞こえてくる。

 無限の gravity
 愛が五番目の相互作用

いつかと同じように白いドレスをまとったシェリルが街角で歌っている。
歌い終わると、誰もいない街角に向けて一礼した。
アルトは呼びかけながら一歩、踏み出した。
「シェリル!」
シェリルは目を見開いた。青い瞳にうっとりとした色を湛え、完璧な形の唇を開いた。
「遅いわよアルト。歌が1曲できちゃったじゃない」
アルトは頭の中が真っ白になった。
ただ、手足が、体が勝手に動いてシェリルを抱きしめた。
ふわりと漂う彼女の香りは、夢にしてはやけにリアリティがあった。
「痛いわ…夢のクセに力が強い」
シェリルが抗議する。右の耳にフォールドクォーツのイヤリングがきらめいている。
「…夢?」
アルトの心の一部が我に返った。
これは、今、抱きしめているシェリルは夢の一部ではないのか?
夢の登場人物が夢について言及するなんて。
「シェリルは夢を見てるのか?」
腕の中でシェリルはアルトを見上げた。
「だって…これ夢でしょ? アルトはフォールドして…」
シェリルの目にジワリと涙の雫が盛り上がった。
「今、100億光年の彼方からフロンティアに戻ろうとしている…泣くな。絶対帰るから」
「帰ってくる…絶対に?」
「絶対だ」
アルトは、子供がするように小指を絡めて指切りした。
「嘘ついたらハリセンボン飲ます。指切った」
「何これ?」
「おまじない。こうすると絶対約束を守れる」
アルトは指でシェリルの下睫毛に溜まった涙の雫をすくった。
「今の歌、新曲か?」
「まだタイトルは決まってないけど、アルトに届くようにって…届いているの?」
「届いた」
「良かった…迷子にならないように、もっと歌ってあげる」
シェリルは額の辺りをアルトの肩にぐりぐりとこすりつけた。
「ああ」
アルトはうなずいてから、自分の右手が何かを掴んでいるのに気づいた。
携帯端末だ。
「シェリル、もし良かったら、これに吹き込んでくれないか?」
「携帯?」
「夢の中から、お前の歌、持って返れるように」
「できるの?」
「判らない。でも試してみたい」
「いいわ、貸して」
作品名:長い長い家路 作家名:extramf