水騒動
駅前に流通大手のショッピングセンターができて以来、閑古鳥の鳴いていた商店街のスーパーがこのところ大賑わいだ。
特に安いわけでもないし、賞味期限に余裕があるわけでもない。
店員は無愛想だし、品ぞろえも悪い。
それなのに、息子と同じ小学校・PTAの会長さんも、社宅のご近所さんも、エコバッグを持ってこの店に来る。
かく言う、私も開店と同時に並ぶ常連の一人になった。
「ハイ、みなさん。各自お買いもののレシートを持って、コーナーにおこし下さい」
この店が急に流行り出したのは、このコーナーが新設されたからなのだ。
「急がなくても十分にありますから、ペットボトルを出してお並び下さい。300円以上のレシートで、500ミリ・リットル、1000円以上のレシートで、2リットルの富士見深山水が配給されます」
脂ぎった経営者のオヤジが、満面の笑みで私達を誘導する。
そう、この店の売りはお買い上げ額に応じてミネラルウォーターの配給が受けられるというものだった。
「やはり、深山水というだけあってお茶をたてても一味違いますわね」
となりに並んでいた、PTA会長さんが話しかけて来た。
私には正直言って、味の違いなどわからない。
だが、どの人も味が違うというのだから美味しい水なのだろう。
もっとも、私にもわざわざ水を買わなくてもいいところだけは魅力だった。
東京の水道水に福島第一原発から運ばれたとみられる放射性ヨウ素が混入したということで始まった大騒ぎ。
健康を気遣う人々がこぞってミネラルウォーターを買いに走った為に、どのスーパーでも品薄になった。
最近はひところのパニックも下火になり、また流通大手も品ぞろえを充実させた為に水不足と言うわけではない。
しかし、何といっても毎日飲む水がペットボトル1本、150円前後するというのは家計に響く。
この店のように、買い物をすればタダで分けてもらえるというのは大いに助かるのだった。
毎日、新聞のチラシをよく見て、大手ショッピングセンターで買いそろえるものと、この店で買うものを選別する。
例えばキャベツの値段が高ければ、大手ショッピングセンターで調達し、ポン酢が安ければ、この店で買う。
そういうところが専業主婦の腕の見せどころだった。
こうして今日も、調達する品物を書いたメモを持ってこの店にやってきたのだが・・・。
どういうわけかシャッターがしまっており、警察が立ち入り禁止のシールを貼っていた。
何が起こったのかと、顔見知りの主婦に聞いたが、それぞれ言う事は異なっていた。
その理由が分かったのは夕方のニュース番組。
手錠をかけられて連れ出される経営者のオヤジと共に出たテロップには・・・。
『インチキ・ミネラルウォーター、中身は水道の水!』とあった。
(おしまい)
作品名:水騒動 作家名:おやまのポンポコリン