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うすっぺら
うすっぺら
novelistID. 25195
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価値

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「価値」



ものごとには、価値がある。
なにごとにも、価値はついてくる。
もちろん、この俺にも。


目の前の鏡を見ながらそんなことを考えた。
鏡に写る自分そっくりなソイツに向けて言う。
「おまえなんか大嫌いだ」
自嘲気味に歪む口元も、耳に届くこの声も、この姿形が大嫌いだ。

だが、世界は俺を好いてるらしい。醜いこの俺が他人と笑っていられているのがいい証拠だ。
まったく、いい迷惑だ。
無論、ちゃんと俺をコケにする存在もいることだろう。会ったことがないだけで。


曰く、「優しい人」
曰く、「皆に平等に接してくれる人」
曰く、「正しい行いをする人」
曰く、「誰とでも笑える人」


それが、醜いこの身体に張り付けられた評価だった。
目には見えない数多の称号。
「良い人」を証明するための、「正しさ」を証明するための価値のある言の葉。
よくもまあ信じられるものだ。評判なんて見えないものを。
いや、逆か。信じられるから、頼っていけるから、疑わないから、だからこそ美しい
のだろう。
疑い、嘘を吐き、騙す。
そんな俺とは大違いだ。


「貴方はなぜそれほどまでに他人に尽くすのですか?」


そんなことを聞かれたことがある。
その時はただ笑って聞き流した。
別に答えられなかったわけじゃない。答えならちゃんとあった。
答えは簡単だ。ただ、説明が億劫だった。

「自分が大嫌い」

たったそれだけ。理想も主義もましてや欲望もない。
この身体が、意志が、心が、嫌いで嫌いでしょうがなくて、だからといって死ぬよう
な度胸も持ち合わせておらずそれすら憎む弱虫が見つけた答え。
それが「他人の為に尽くす」その行動の答え。


火事の建物に人が取り残されているのなら喜んで助けに行こう。
立てこもり犯が逃亡の為の人質を欲しているのならば喜んでこの身を差し出そう。
惨禍を防ぐために生贄が必要なら喜んで人身御供になろう。
他の為に自己を犠牲にしよう。


自分が傷つき、なおかつ人が救われる。
これほど喜ばしいことはないじゃないか。
だって俺はただ自分を傷つけたいだけなのに人から感謝されるんだ。
だから、見返りも求めない。
当たり前だ。せっかく傷つけたんだ。癒してどうする。

しかし、どんなに取り繕っても結局は自分の為なのだ。
いくら社会的には善でも結局は自分の為の偽善でしかない。
でも、そうした偽善でも世界はしっかりと評価してくれる。
本当になんて、優しい世界なんでしょう。


ものごとには、価値がある。
なにごとにも、価値はついてくる。
もちろん、この俺にも。


でも、その価値は他と比較したら、最少だ。
それでいい。少なくとも生きる目的はある。
名前も知らない誰かの為に生きようじゃないか。

そう考えながら歩いていると目の前で老婆が転んだ。
突然のことだったがすぐに抱え起こし怪我はないか尋ねる。荷物もばらばらになって
しまったようなのでまとめて渡す。泥がついていたのでシャツで拭く。
「どうもありがとうねぇ。シャツまで汚しちゃってほんとうにごめんなさいね。なん
にもできないけれど、これ、使ってください」
老婆がハンカチを渡してこようとする。
「いえ、気にしないでください。もともと汚れていたので大丈夫ですよ。それよりも
転んで変な所を打たなくてよかったですね」
そう言って丁重にお断りする。
「気を付けて」
ああ、まったく、なんて耳障りな声だ。


老婆と別れたあと耳障りな声の主にもう一度小さな声で呟く。
耳障りにならないように小さく、ゆっくりと。醜いこの身体の奥にまで染み渡るよう
に願い、ついでに憎しみも乗せて、呟く。

「おまえなんか大嫌いだ」









作品名:価値 作家名:うすっぺら