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うすっぺら
うすっぺら
novelistID. 25195
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異常日常

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「異常日常」



朝起きる。いつも通りだ。
学校に行くに当たってギリギリの範囲。
一切の予断も許さないそんな時間。まあ、許容範囲内だ。
朝から窮地に至らないための安全装置、我らがアラームさんの素晴らしい業務を称え、黙らせ
る。いや、だってうるさいんだもん。
7時45分いつも通り電話が鳴る。
かわいいアイドルからのモーニングコールでも、業を煮やした親の「朝だ、起きろ」電話でもない。
無音という名の言の葉。要求しないという名の要求。
半年前から続く顔も名前も、声すら知らない者からの呼び出し。
要求も、命令も、脅迫もない。
「無言電話」果たしてこれは嫌がらせなのだろうか。それともなにかのメッセージか。
そんなことは知らない。知る必要もない。
そうはいっても最初は恐怖を抱いた。相手の意図も顔も声すら知らない。それ故の恐怖だった。
人類に原初から根付く「理解できない」という恐怖。
だが、もう慣れた。半年という時間は恐怖を、新鮮さ、を掻き消すには充分すぎる時間だった。
時間は優しくて、残酷だ。
慣れとは怖いものだ。どんな異常でも長く続けば「日常」にまで劣化する。
コイツはちゃんと電話に出て「おはよう」と言わなきゃ引き下がらないかわいい頑固者だ。
そう自分に言い聞かせて電話に出る「おはよう」と。
日常の始まりだ。


チクショウ遅刻だ。これからはちゃんと余裕をもって起きよう。うん、そうしよう。
まあ、遅刻するたびに思っていていまだに実行に移せないんだから人間の意志は謎だ。
そもそも今日は間に合う予定だったんだ。まあ、その予定が崩れたから遅刻したんだが。


「おはよう」


声が返ってきた。正確には、この世界のどこかの誰さんに向けた俺の電波に変換された「おはよ
う」がどこかの誰かさんに伝わり、そのどこかの誰かさんが発した「おはよう」が電波に変換さ
れさらに俺の携帯で音声に再変換され俺の耳で「おはよう」と感知した。
そんなややこしいことが声が返ってきたときに考えた。
こういうふうに現実逃避し始めるってことは混乱しているいい証拠だ。
ああ、ヤバいヤバい。

普段は捨てられる言の葉。
誰かに伝えるための言の葉。
自分は今日もここにいますよ。それを伝える言の葉。

それが今日は拾われた。いったいどうした。規定値にでも達したか。ええ?
まったく、無言電話を懲りずに毎日送ってくる純正の不審者なんだから機械の合成音にでもすれ
ばいいものを返ってきた声は女の子の声だった。

ちょうど同い年程度の声の高さの女の子の声。
毎日学校で聞く数限りない声と同種の声。
暗くなく、明るすぎず、徹底して平均値化した声。

それが逆にぞっとした。
常軌を逸した行為をこんな少女が、というふうに。
だが、愚直にこれを信じるわけがない。
録音した音声という可能性もあるからだ。または、俺が知りえない他の可能性。
まるで警察だ。と笑った。
そして、こうも思った「いい機会だ。このままなりきって正体を暴いてやろう」と。
だから、会話をしてみようと思った。テンプレート通りにいかないように、できるだけ日常的な
話題をかましてやろう。「今日もいい天気ですね」うん、これがいい。曇りだけど。いいじゃな
いか。そう考えた矢先に声が、聞こえた。


「人の本性は善だと思う?それとも悪?」


朝方の急いでる時間にそんなサプライズがあってすぐさま日常に戻れるほど俺は器がデカくはな
く、物理的にも遅刻回避は不可能だった。なんせ一分一秒を争うんだ。しゃあない。
それよりも、嫌いな担任をスルーし、悪友との一捻り挨拶を終え、思考する。
あの問いについて。
あの問いが出された直後、俺は硬直した。質問の意味が分からなかったし、相手からアプローチ
してくるとは思わなかったからだ。
「…無言もいい答えだと思うよ。これは本質を問う質問。これは答えのない質問。でも、私は待っ
ている。本当の答えを。では、また明日」
こう、朝のサプライズは始まりと同じように唐突に締めくくられた。
明日、といった。明日までに答えを用意しろということだろう。
強制、ではないだろう。でも、あんなかわいい声で待っているって言われたらどうする?俺は用
意するね。死んでも。あ、ちょっともった。死にそうになっても。


答えのない問いだと言っていた。実際にその通りだと思う。
なぜならそれは本質を求める問いだから。
白い紙に鉛筆で円を描く。
「この線は円の内側に属していますか?それとも外側?」
そういう類の問いだから。


それでもなお、切り詰めてみる。
全てが善だ。という考えがある。
ある善を貫き通すと別の善に出会う。その瞬間に双方の善にとって相手は悪になる。
だから、この世には正義しかいない。
そういう考えだ。
また逆に全てが悪だ。という考えもある。裏切り、略奪し、犯し、殺す。
そして、現代では社会に対応するために、疑い、笑顔を貼り付け、嘘を吐き、隠す。
そういう考えだ。
どちらもあっていてどちらもどこかが違う。
実際に俺の近所では、笑いながら虫を踏みつぶす幼稚園児がいれば、どんなやつにも笑顔で喋る友
人がいる。
まあ、なんにでも例外というのは存在するものだ。
そうやって思考を締めくくる。


ああ、今日ほど学校のことが身に入らなかったことはないだろう。
サインとコサインめ、タンジェントを巻き込んで死んでしまえ。
まあ、いい。これからは放課後だ。
速攻で帰るなり、アホとバカやって帰るなり選択できる。
悪友は部活らしい。いい気味だ。筋肉にまみれて死んでしまえターミネーターめ。


あの女の子は誰なのか?意図はなんなのか?なぜこんな問いを寄越したのか?
そういうことは考えない。
なぜなら理解ができないから。理解できないものを理解しようとしても結局は理解した「つもり」
になるだけだ。そういうのは私事ながら非常に大嫌いだ。彼女と俺は違うベクトルで動いているそ
れでいいじゃないか。なんの問題もない。


いつもの時間。いつもの朝。いつものアラーム音。
素晴らしい日常よ。
相変わらず役に立つかどうかわからない情報を発信するメディアも、遅刻推定時間ギリギリに起きる
自分も、微妙な姿勢で寝たがための肩こりも、このくだらない日々の何気ない事象。
これが毎日続けばいいのにな。ふと、そんなことを考える。
実際こんなものは毎日続くだろう。これが平和、なのだから。


「おはよう」


やはりまだ慣れない。いつも捨てていた言葉を拾われる感覚は。
だがこれもじきに「いつも通り」となる。
時間は優しくて、残酷だ。


そして、待つ。
彼女が一日待ってくれた質問をもう一度問うてくれるのを。
彼女の問いの答えを携えて。


時間のいいところは必ずやってきてくれることだ。
時間の悪いところは必ずやってきてしまうことだ。
その時が、来た。
彼女はどう反応してくれるだろう。
納得してくれるのか、否定してくるのか、肯定してくるのか、きっと俺の答えは見透かされている。
でも、楽しみだ。
彼女の質問が俺の携帯で声に再変換される、数刹那前そんなことを考えた。


「人の本性は善かな?それとも悪?」










作品名:異常日常 作家名:うすっぺら