In front of...<1>
「行ってきます」
少し奥の台所から「いってらっしゃい」と言う母さんの声を確認して、玄関の扉を開けた。私‐戸草秋羅の家は父母の趣味で洋風の一戸建てだ。母の趣味である短い石畳を抜けて、目の前の道路とも歩道ともつかない道を右に進んだ。
「おはよう、秋ちゃん」
…正確には進もうとした、だ。向かい側からこの声を聞かなければ。
「…おはよう」
私が返事をすると嬉しそうな顔をする、この大学生‐石崎雅人の声を聞くまでは。
◆In front of...<1>◆
学校行くついでにゴミを出してきて欲しいと頼まれた、と私の横に並ぶように歩いている…雅兄は言う。
「へぇー」
私は気のない返答をするが、雅兄は全く気にしていない。
「いつも会わないから新鮮だね、こういうの」
それは、私がいつも雅兄がいない時間を狙って家を出てるからだよ。
「ご近所なのに全然会わないし」
それは私が雅兄に会わないように遠くで遊んでるからだよ。
「俺はゴミ出し頼まれたし」
…それはただの偶然だしとか、心の中で思ってるだけで口には出さないけど。
主に雅兄が会話を続けて4、5分で一番近い駅に着いた。ゴミ出しを忘れた雅兄は焦った顔でまたな、と言いながらもと来た道を走って戻っていった。それを見送り、私は駅の改札を抜けた。
ちょうどホームに入ると電車が到着した。空気音をたてながら開いたドアを潜り、空いた席に腰掛けた。
「…はぁ~」
と同時に私は顔を手で覆い、深く溜め息を着いた。二人掛けの席に私しか座っていないから、不審な目は気にならない。
今日は焦った。まさか、出てくるとは思わなかった。次からは玄関を開ける直前にもう一回確認しよう。うん、そうしよう。
「顔、あつ」
特技がポーカーフェースでよかった。じゃなきゃソッコーばれる。
私が、雅兄を、好きな事が。
毎日、毎朝、面倒な刑事ドラマを繰り広げるのは雅兄に会わないため。極力気のない返事をするのは、震える声を隠すため。ゴミの事を教えなかったのは、一緒の電車に乗らないため。学校に着くまでに心臓が鳴り過ぎて死んじゃう、多分。
目的の駅に着くまで、私は顔が元に戻るのをただひたすら待った。
「コクっちゃえばいいのに」
秋ちゃんの恋は複雑だにゃ~、と菓子パンにかぶりついた千歳は言う。馬鹿め、そう単純じゃないんだよ。悪態つきながら弁当のご飯を一口頬張る、ふりかけはしそ味だった。
「で、でも、何で告白しないの?」
恐る恐るといった感じで聞いてきたのは、悠だった。
この二人‐斉藤千歳と市之瀬悠は私の友達だ。ポーカーフェースを得意とする私は普段からあまり表情が少ない。そのためか、周りに人が少ない。よって仲が良いのはこの二人くらいである。ちなみに今は昼休みで教室の端に机を固めて座っている。
当然二人には話してある、私の…恋、について。でも二人は、騒ぎ立てたり、変に過剰な反応もせず、聞いてくれている。ちょっとありがたいと思っている。調子にのるから言わないけど。
「現状を維持したいから」
それだけ言うと、卵焼きを口に運んだ。甘い、でも美味しい。
「どういう意味?」
千歳の悪い所をあげれば、それは聞きたがる所。根掘り葉掘り聞こうとするから時々イラッとする。隣で悠が聞かない方がいいんじゃない、という顔をしているが千歳はお構いなしだ。いつもなら無視して済ますとこだが、今日は口を開く事にした。
「ねぇ~、どういう」
「教えるから黙る」
はいよ~、と小さく返事をして菓子パン‐二個目‐を置いた千歳は真剣に話を聞く体制になった。それを見て悠も箸を置いた。
「別にそんなに重要じゃないから」
パンを持て、箸を置くな。二人が昼食を再開したのを見て、私は手を休めた。
「今、告白して失敗したら、前みたいには戻れなくなるでしょ」
まぁ確かに、という感じに頷いた二人に私は続けた。
「雅兄と気まずい感じになるのは、嫌なんだよ」
それで私は休めていた手で最後の漬物を食べた。二人は顔を見合わせたが、私が話は終わったという風に態度から感じたのか、それ以上は聞いてこなかった。
今のは自分に言い聞かせた事でもある。例え、告白したとしてもうまくいかないのは目に見えてる。なら、何も言わず、このままでいたい。私に彼氏が出来るか、あっちに、彼女が出来るまで。
<1>End
作品名:In front of...<1> 作家名:Gigi