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遺書

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そこは真っ暗な部屋で、僕は椅子に座っていた。机のうえにはペンと紙があって、僕は無心で文字を刻んでいた。
その部屋は、物質的にあまりにもいろいろなものが欠乏していて、倫理的に正しいモノは一つとしてなかった。そしてなにより恐ろしいのは、誰もいないことではなく、誰もいないことがなにより安心できることであった。

全く意識していたことではないけれど、暗闇の中で僕は遺書を書いていた。短いものではあるが、それが本能的に為されたことなら、意識的にとめる必要もない。僕は書きあがった自分の遺書を、極めて客観的に読んだ。

"嗚呼、私はなんてくだらない人生を過ごしてしまったのだろう。毎日肉体をすり減らして労働にあけくれ、生きている時間を消化してきた。人の社会とは、畜生共の高笑いを聞かされる地獄だ!四十年間生きている気がしなかった。
どうせなら酒を浴びて、メス豚と身体を交わらせ、薬で快楽に溺れるべきだったのだ。
嗚呼、私はなんてくだらない人生を過ごしてしまったのだろう!
もしこの世に神がいたならば、私のような退屈な人間をつくらなかったのに。私のような人間をつくったのは、他でもない、人間なのだ。人間は神をも越えてしまったのだ。なんてことだ!私が生きていることそれ自体が罪過であろう。もう私はこんな生き地獄に耐えることはできない!四十年!実に長かった!
嗚呼、私はなんてくだらない人生を過ごしてしまったのだろう!
今この瞬間をもって人の世を去ることにしよう!"

僕にはそれが自分の書いた文章とは思えなかった。自身こんなことを思ったことはなかったし、そこに書いてあることはあまりに僕から遠く感じられたからだ。僕は人生の成功者であるし、財産を持っていて、友人に恵まれ、最愛の人と籍を入れた。これ以上なにも望むモノはないはずであった。

すぐにここからでなければならない。ここは人間が滞在するにはあまりに暗く、寒く、なにもない。ここがどこかはわからないが、世の中にここより恐ろしい場所があるとは、貧弱な僕の想像力では到底想像できなかった。
暗闇の中を這うようにして手探りで抜けていく。出口を探すその様の、なんと惨めなことか。しかし、ここはいささか居心地が悪い。まるで生きている心持ちがしない。
一秒でもはやくここをでなければ。
焦燥の念で必死に這う。すると、そこに扉を見つけた。僕は躊躇なく扉を開いた。そこには微かだが光があり、人影をうつしていた。
そこには一人の男が立っていた。極めて優しい顔をした、背の高い男であった。彼は微笑みながら言った。
「お疲れ様です。あなたの生後に宣告したとおり、四十年の懲役が無事終了しました。」
なにを言っているのか理解できずうろたえていると、男は僕の手を引いて歩きだした。

そこで、目が覚めた。そうだ、今は会社の昼休みで、つい昼寝していたのだ。まわりを見渡して変わったところがないか探すが、ここは100%現実の世界だった。ただひとつ、眠りにつく前と変わったことと言えば、胸ポケットに一枚の紙が入っていたことだった。先ほどの遺書である。
その遺書を読んで、僕はすべてを悟った。そして、新たに文章を書き加えた。

"ここは生きた社会などではない。監獄なのだ。
生まれたときに、いわれのない罪を問われ、判決をだされ、この監獄で死刑を待っているのだ。
ようやく僕は死刑宣告を頂戴した。嗚呼、私はなんてくだらない人生を過ごしてしまったのだろう。"


僕は、ビルの屋上に向かっていった。
作品名:遺書 作家名:光山茂