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練習用

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意味がないんだよ、きっと。
 
 寂しそうで、嬉しそうな――一言に纏めるならば悟ったような表情で、少女は言う。
 食卓には唯一つ、塩焼きにされたアジが乗っていて、ソレをつまんでいた自分の手がピタリと止まる。
 
 意味がない。――意味がない。

 壊れたテープレコーダーのように、少女の言葉を何度も呟く。少女はそんな私の呟きを、にんじんと一緒に黙って刻む。
 飲み下すのが難しい。少女がいかに美味く調理しようと、とてもじゃないが咀嚼できない。
 拒みたい。その言葉を。しかし丁寧に刻まれた、にんじんとその言葉は、グツグツと煮え立つ鍋の中へ放り込まれる。
 不意に、カレーの強い匂いがした。見れば、彼女はルーの固形を取り出していた。

 ……つらいね。

 ボトボトと、気泡がたくさん浮かんだ鍋の中にルーを入れていく。それと同時に俯いて囁かれ出た言葉も、その鍋の中にボトボトと落ちていく。はじける気泡が受け止めて溶かしていた。

 やめてよ。

 そんな事を言いながら料理をしないでよ。大好きなカレーが不味くなってしまう。いっそ音の外れた鼻歌を歌ってくれた方がまだいい。
 しかし少女は、そんな私の気持ちを振り払って続けた。

 意味なんてない。私たちが生まれ、生きて、一喜一憂する事は。それはとてもつらい。だって、私たちに影響力はないから。誰でもそうだけど、死んでしまえば誰だって、消えてしまう。私たちの場合はソレが極端だ。本当に、何もかもが消えてしまう。
 
 少女は、まな板の上に置かれたお玉を手に取り、それで鍋をかき回す。
 透明だった気泡や湯が、お玉に誘われて鍋の中に広がっていく。
 やがてキレイにルーが溶け、どろりと粘り気を持ったカレーができあがる。少女はそっと火を弱めた。

 でも、仕方がないんだよ。
 ソレが私たちの生の結果だもの。受け入れるしかない。
 リセットは出来ないんだよ。

 出来上がったカレーは、底が焦げていた。
作品名:練習用 作家名:土筆