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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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さよなら、またね

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『さよなら、またね』

 「それじゃ、ここで」
 古い駅舎の改札前で、いつものように彼は言う。
 「――もう帰るの?」
 「うん、暗くなる前に帰らないとまずいし、電車1時間に1本しかないから」
 「そうだったね」
 でも、まだ別れたくない。言葉を何度、この場所で飲み込んだだろう。
 一緒にいる時間が楽しければ楽しいほど、別れる時が辛い。
 だけど彼の家はこの路線の終点で、私の家は歩いて10分の所で、高校生だから親元で暮らすしかなくて。明日になればまた学校で会えると思っても、寂しくてしょうがなくて。
 そんな本心を伝えても、彼を困らせるだけ。わかっていたから、これまで口に出したことはなかった、けど。
 「……もっと、一緒にいたかった」
 ずっと抱えていた想いを、今日はどうしても伝えたかった。
 案の定、彼は目を丸くしてとても驚いた様子を見せる。お互いあまり饒舌ではなくて、特に私は、自分からは気持ちも考えもめったに言わなかった。嫌な顔をされるかもしれない、迷惑に思われるかもしれないと、臆病な気持ちばかりが先に立ってしまったから。
 今も本当は怖かった。でも言わなければきっと後悔する。だから。
 沈黙は、私にとっては長く長く感じた。それを破ったのは花びら混じりの春風と、彼が浮かべた優しい微笑み。
 「そうだね。僕も、そう思っていたよ」
 今度は私が驚く番だった。返す言葉を見つけられずにぽかんとしている私を、彼は、変わらない笑顔で穏やかに見つめる。
 「じゃあ、またね」
 言いながら片手を上げて軽く振り、踵を返して駅舎の中へ向かっていく。

 彼が改札を通り抜けた直後、視界がゆがんだ。

 涙のせいだけじゃない。目にしているもの全てが、輪郭が曖昧になって透けていく。
 残ったのは朽ちかけた駅舎と、横に立つ大きな桜の樹。
 10年以上前に廃線になったローカル線。駅舎が取り壊されると聞いて、20数年ぶりに訪れたこの場所で、彼に会った。この近くの高校に通っていた頃、付き合っていた当時の、高校2年の彼に。

 いつものようにここで別れた翌日、彼は姿を消してしまった。
 どこへ行ったかはわからない。家も家具もそのままに全員がいなくなっていて、いろんな噂が学校で飛び交ったけれど、真相はわからなかった。

 それだけの事情を、私は何ひとつ気づくことも、気づかされることもなかった。彼からの手紙や電話も、その後一度も来ることはなかった。
 ……だから、彼を忘れることにしたのだ。彼にとってはそれだけの存在価値だったのだと、それほど想われてはいなかったのだと言い聞かせることで。けれど。

 ――少なくともあの頃、彼は私と同じ気持ちでいてくれた。

 心からそう思えることができた今は、寂しさも悲しみもなく、ただ穏やかな気持ちでいられる。
 彼が今どうしているのかは知るすべもないけど、元気でいるなら、いつかどこかで会う時が来るのかもしれない。たとえ幻でも、またね、と言ってくれた彼に。
 でも先のことはわからない。それに――ずっと引きずってきた、抱えていた想いからは解放された。だから、私は口に出して言う。いつか伝わることを信じて。

 「……ありがとう、さよなら」

作品名:さよなら、またね 作家名:まつやちかこ