一生懸命頑張る君に 1
Episode.4 半年の壁 part2
琥瑦はいつの間にか職員室の陸上部顧問、長谷川俊哉に入部届を握らされていた。
(あれ、この前と先生違う。っていうか、なんで俺、先生と肩組んでいるんだ)
治毅と紫乃にあれよあれよと長谷川の元に連れて行かされたのだった。
しかも、琥瑦が断りそうなのを察してか、二人は琥瑦に阻止される前に長谷川に入部する旨を伝えていたようだった。
「いやあ、もう武隆君しかいないと思ってたよ。陸上部は創立したのが開校の年からなんだ。皆、今年は駄目か今年は駄目かと思った。今年は2人も入ってくれて、ああ…」
とうとう、長谷川は泣き出してしまった。まるで孫に何年ぶりかに再会したおじいちゃんのようだった。
紫乃は、こっそり琥瑦に教えた。
「長谷川先生は、会ったら絶対泣くのよ」
(この人泣く度、寿命縮めてるんじゃ…)
琥瑦がそう思ってしまうほど、長谷川は笑ってるのか泣いてるのか分からない顔をくしゃくしゃにしていた。
長谷川の元を去って、部室に戻ると、治毅がにっこりと笑って、
「入ってくれるよね」
と肩をたたいた。
(計算高いんだか、ただの天然か…。っていうか可愛い顔して強く叩きすぎ…)
帰ろうとカバンを手に取ろうとすると、治毅は思い出したように、プリントを琥瑦に渡した。
「今後の予定ね。多分あと1ヶ月後くらいに大会…中体連の地区大会があるんだ。これを今は目指してる。まあ、いろいろ読んでおいて。あと、武隆君にも渡しといてくれるかな」
治毅は再びにっこり笑った。
琥雨は治毅にだけは気をつけようと頑なに誓ったのだった。
帰りに武隆の家に寄ろうと、足を運んでいると、雨が降ってきた。
琥瑦は武隆の家の前まで来ると、ちょうど、武隆が家を飛び出してきた。
武隆!あんたどこ行くの、そんな体で…。もう止めて…。
武隆の母亜希子の声が段々涙に濡れていった。
琥瑦は反射的に武隆のことを追っていた。
「武隆!待てよ!」
武隆は病み上がりの筈だ。雨の中で走って良いわけがなかった。
武隆は現役でも病み上がりのスプリンター、琥瑦はブランクがあれど万全の状態のスプリンター。
二人の距離はちょっとずつ小さくなっていった。
雨はどんどん激しさを増していく。
琥瑦が武隆に手を伸ばした。
でも、武隆も意地があった。
しかし、武隆は意外にもあっさりと捕まった。
「はァ、はァ、はッ…はッ…ふぅっ…とりあえず、屋根のあるとこまで行こう。お前んちじゃなくて、俺んちまで」
武隆の反応は無かったが、腕を引くと抵抗が無かったので、そのまま手を引いて無言で歩いた。
母さんは、買い物に行ったようだった。
武隆を風呂に入れて、着替えさせると、さすがに話す気になったらしかった。
「…なんかあったのか」
「…いや、ただちょっといろいろあったたけだ」
武隆は琥瑦から目を逸らした。
まるで、お前には関係ないと琥瑦に突きつけているようだった。
「なんかあったんだろ」
「無いよ」
「お前はなんでそういう風に言いたがらねぇんだよ!!」
琥瑦は武隆の胸ぐらをつかみかかった。
武隆はつかみかえした。
「お前にはわからねえよ…ッ」
その声には涙声が入っていた。
二人は睨み合っていた。
琥瑦が口を開いた。
「わっかんねえよ、そりゃ」
武隆の目が見開かれた。
琥瑦は続けた。
「口に出して、伝えなきゃわっかんねえよ」
作品名:一生懸命頑張る君に 1 作家名:雛鳥