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リルカ秘密倶楽部

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リルカ リルカの葬列は
青く良く晴れた空の下
僕は躓いたふりをした
リルカ みんな笑ってくれたよ
泣きながら ね



嗚呼 丘を登るのは白い人列
真紅の柩を担いだ晴曇色のブレザーたち
それに溶け込めない 真っ暗な俺のスーツ
だけどどうか ああ
君よ 永遠に



 アクリルインキのインディゴブルーを満遍なく塗った空は、それこそ吸い込まれそうな美しい色をしている。凝縮した空の青はいつしか滴り、地に落ちて海を作るのだ。その思想は俺と君が唯一持てた共通点だった事を、君は憶えているだろうか。
 君が青が好きなことと、海は空からの派生物であるという考えを持っていると知ったのは丁度今くらいの、切れそうな冬の空気が漂う早朝だった。空は白く、冬特有の肌を刺すようなピリピリとした風は俺のジャコットブルーのマフラーをそよがせ、君は五年前に立ち入り禁止になった旧校舎の中庭でボードレールの「上昇」を歌っていた。
後期用の白にアップルグリーンのラインが入ったセーラー服の上に、ダブルボタンのカラーダウンした鼠青のコートを羽織って、学校指定の常盤色のハイソックスを淡雪の脛にまとわせていた君は、侵入者の影に気付くとぴたりと歌うのをやめてしまった。
貴方だあれ、問いかけと共に上げられた顔は硝子のように透き通り、色づいた頬と口唇は内側に薔薇が咲いているような錯覚を俺に抱かせた。長い睫毛が縁取る眼球はまだらに菫色を含んだ薄い青色をしていて、ビイドロ玉が嵌っているようだ。しかしそれは右半分の話で、驚くことに、彼の左半分は煮え立つような赤い火傷の痕が寄生するように広がっていた。それでも、君は気味が悪いくらいに美しかった。
いつまで経っても答えない俺を訝しく思ったのか、君は腐りかけたベンチから立ち上がり、俺の前まで来ると腰を曲げて俺の顔を覗き込んだ。歪んだ左半分には眼球は無く、嘘のように作り物めいている。わたし、小雉よ、貴方なんてえの。
 小雉は初等部に通う14歳の少年だった。女子の格好をしていたから男だと聞いたときに多少驚きはしたが、変かしら、と悲しそうな顔をするものだから、全くおかしくないと反射的に答えた。
実際小雉はその辺の女の子より格段に可愛かったし、体も小さくて、守ってやりたくなる人間だった。引き攣れた火傷痕さえなければ今頃、学校中のマドンナになっていたに違いない。特に、白い指先は冷たかったが、本のページを摘まむときは薄く花色に染まってとても魅力的だった 。

 俺達はその日から自分たちの事を「リルカ秘密倶楽部」と呼ぶようになった。集合場所は旧校舎の中庭で、早朝と放課後に落ち合うことを約束した。リルカとは、小雉が好きなファッション・モデルの名前だった。
小雉は笑うとばかのように美しい少年だった。弁の多い花がほぐれ咲くように笑うさまは、いつ見てもため息が出るほど綺麗だった。その小雉は俺が本を読む横顔を素敵だと言う。俺達はごく自然に恋をして、ごく自然に恋人になった。
小雉は時々、俺がいる高等部へ顔を出すようになった。そこで俺は初めて、小雉が普段は火傷痕を隠すように大きな眼帯をしている事を知った。どうした、と顔を覗き込むと小雉は決まって照れたように笑って、ごめんなさい、特に用は無いのよと指先をもじもじやる。その様子があまりにも可愛くて、人目もはばからず小雉を抱くと彼の細い腰には腕が余り、仕方なく指を組んで祈るような真似をした。


 冬の良く晴れた日には、小雉の歌う「上昇」を思い出す。金糸雀が鳴くようなその声は、耳に貼り付いたまま一生消えないのだろうと思う。だが、芥子の咲く丘は冷たい風に揺れ、小雉の声を吹き消してしまうのではないかと、俺にありもしない不安を抱かせる。
白色たちの支える真紅の柩は、バランス悪く俺の先をふらふら進んで行く。小雉のクラスメエトや教師たちが、嘘っぽくすすり泣く音が聞こえる。
もうすぐ丘を登り切ってしまう。登り切ったら、俺は一人に戻るのか。そう思うと、急に足元が覚束無くなって、何も無い地面で躓いてしまった。驚いてとっさに出した短い声に反応したのか白色たちが振り返り、顔に傷絆を貼ったぼさぼさの赤毛の少年が、伊達先輩、気をつけて頂戴ね、と濡れた頬も拭わずに笑った。


 小雉は空について語らうのが好きだった。空と海との密接な関係性、ユピテルとマルスが交差するライン、曇り空はどこまで続くのか。特に小雉がよく語っていたのは、満月についての考察で、真っ暗な夜空の中なぜ月がああも輝くのかと言うと、本当は月や星は人間の幻想に過ぎず、実はこの星を包む外皮に穴が開いていて、そこから外の光が漏れているのだと。だからあれらは様々な色や形をしていて、大穴である月の部分は丁度地球からの突風が吹くところにあり、何度修復してもその風でまた穴が開くのだという。
ではその穴を修復しているのは誰なのだと訊くと、ほんの5歳ていどの、小さな男の子よと小雉は何の迷いもなく答えた。この星はね、その子がお母さんに買って頂いた地球育成キットなのよ。


 丘を登った先はとても空に近く、大きなカエデの木と白い石で出来た十字碑が静かに佇んでいた。十字碑の下には柩がすっぽり納まるていどの穴が開いていて、白色たちはそこへゆっくりと柩を降ろす。途端、感極まったのか、葬列の先頭に並ぶ一人の白色が火がついたように泣き始めた。
小雉、何も気付いてやれなくてすまない、私を許してくれ。
その白色はよく見れば小雉に従兄弟だと紹介された事のある國秀だった。小雉とよく行動を共にしていた國秀は、リルカ秘密倶楽部をずっと目の敵にしていた…いや、正しくは俺を目の敵にしていたのだろう。國秀の小雉を見る目は明らかに熱を持っていて、恐らく昔から小雉を好いていたのだろう事は一目瞭然だった。小雉はそういった事にはとても鈍感だったから、國秀の気持ちなんて一つも解らないままだったのだろう。なぜなら小雉は自分の恋心にすら鈍く、俺の好きだという告白に対する言葉も、あら、どうしましょう、わたしも菊貞が好きみたいなの、であった。
 國秀は真紅の柩に土がかけられていくさまを、すぐ傍らで泣きじゃくりながら見ていた。小雉、小雉、なぜ私をおいていった、時々呟く声はかすかだが、俺の耳にはこう聞こえた。
薔薇色の柩が暗い色の土で見えなくなると、白色たちは形式張った祈りの言葉を唱え始める。彼の者が幸せでありますように、アメン。胸の前で十字を切ると、剃髪した線の細い教師がユリの花で出来た花輪を十字碑に引っかけた。

 ぽたりと、空から落ちた雫で十字碑の色が変わる。それを皮切りに次から次へと雫が降り始め、とうとう雨になってしまった。晴れた空から雨が、海の素が、埋めたばかりの柩へ降りかかる。白色たちはみな急いでカエデの木の下に身を潜め、急な天気雨に肩を寄せ合いながら空を見上げている。
俺だけがそこに取り残されて、黒いスーツは水を吸って次第に重くなり、赤いタイは血のような色に変わっていく。カエデの木の下で白色の誰かが呼ぶ声が聞こえたが、俺はしばらく雨に打たれていた。
空は小雉。雨は小雉の腕。俺はまた、幸せな時間を取り戻したような気がして、自分が出来るだけの笑顔を十字碑に向けた。


作品名:リルカ秘密倶楽部 作家名:さまよい